深海少女
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「先日言っていた本だ」
羽音が図書当番に当たる昼休みの図書室
そこにこの男が来るのは、もはや最近の日常と化している。
あの柳蓮二が図書室の常連である、という噂でも広がったならば
この静かな時間は二度と訪れる事は無いだろう。
しかし羽音はこの状況を好き好んで誰かに言うわけでもないし
もちろん柳が言い振りまく訳もなかった。
「立海の図書館には置いていないようだから俺が持っているのを持って来たんだが、読んでみるか?」
「これ、原著じゃない・・・借りていいの?」
「でなければ持ってこないな」
「・・・ありがとう」
少々迷った後
せっかくなので好意に甘えることにしよう、と羽音は差し出された本を受け取った。
大事そうに借りた本を鞄に入れる彼女を見て、柳は口元に密やかな笑みを浮かべる。
「柳君?」
「否、大したことではないのだが・・・」
「うん」
「人目を忍んで会うのが図書館とは・・・逢引の場所としては色気が無いと思ってな」
明らかに、揶揄の色を含んだ声色と眼差し
相手の反応を---羽音がどう出るのかを愉しむような仕掛け
口説きともとれる甘い言葉に、そんな柳の思惑を感じ取った羽音は
相手を真似るようにして口元に笑みを乗せた。
「そう?中々いいと思うけれど」
そして無邪気にも見える微笑を一つ残すと、整理し終えた本を持って立ち上がり
何事も無かったかのように書庫の本棚へと移動した。
「・・・手伝おう」
「そう?ありがとう、柳君」
押しても駄目、恐らく退いても駄目な手ごわい彼女に
柳は一つ苦笑を落とすと腰を上げて羽音を追った。
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