深海少女
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嫌な予感、というものは案外馬鹿にできない
例えば、ジャンケンで「負けるかも」と思った時
授業中に「この問題は当たりたくない」と思った時
嫌な予感を感じた時ほど的中率は高くなるように思える。
そして今私は大阪駅で、その予感をこの身に感じていた。
「(危なそう・・・)」
前方には、和服姿の女性が1人
華奢なその人が持つには些か多すぎると思われる荷物を持って歩いている。
後姿なのでわからないが、お年寄りというわけではない
危うげな様子だが、赤の他人が荷物持ちを買って出るわけにもいかない
その女性から眼を離し、自分の新幹線のチケットを確認したその時
「あ・・・!!」
視界の隅で、和服の袖がヒラリと揺らめいた
+++++
「い・・・ッ!!」
「うわ!?すみません大丈夫ですか!?」
「ええ・・・こちらこそすみませんでした」
左手の上に革靴
男性の体重を乗せた私の左手の甲は既に赤く、ジンジンと痛みを訴えている。
なおも謝る男性を何とかあしらい
地面から離した私の左手の下には琴の爪があった。
それは咄嗟に庇わなければ今頃は粉々になっていたであろう小さな道具
象牙で作られていると一目でわかるそれは、私にとっても馴染み深いものである。
一般に、琴の爪には象牙とプラスチックの二種類がある。
もちろん象牙でできた物の方が長持ちするし、本格的に琴を弾く人ならば自分の爪を持っている。
私も筝曲部に入る時、母に頼んで象牙の爪を買ってもらったのだ。
琴本体よりは、と快く承諾してくれたのだが
それでもやはり高価なもの
私なりに大切にしているし、愛着も持っている
そして今私が庇ったこれは
先ほど転んだ和服の女性の荷物から、転がり出た物である
「もし・・・」
掛けられた声に振り向けば
そこには、件の和服の女性が泣きそうに顔を歪めてそこに立っていた
その姿は、一言で言い表すならば『大和撫子』
これぞ日本女性、と外国人が思い浮かべるであろう外見
左手の薬指を控えめに飾る銀色に、『ああ、若奥様ってこういう人を言うのかぁ…』などと考えていれば
そのご夫人は狼狽を隠しきれない様子で恐る恐る私の左手を取った
この出会いが後に私と立海テニス部を巻き込んだ波乱を呼ぶことになろうとは
今の私には思いも寄らなかったのである。
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