深海少女
□8.5
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(カズヤ視点)
自分にしては、行動に出た方だと思う。
いつものように、ストリートテニスコートで身体を動かした後
時期的に早めの夏祭りがある事を知らなかった羽音を誘い、約束を取り付けた。
まさに当日の事だったのでどうか、とも思ったが
手を合わせて目を輝かせる様子は、普段大人びている彼女とはまた違い可愛らしかった
なのに---・・・
「花火って、何時からでしたっけ?」
「暗くなったら上がるじゃろ」
「そっかー。浴衣の子が多いと思ってたら、今日お祭りだったんだー」
「(どうしてこうなった…?)」
2人きり、のはずが
狙い済ましたように電車に乗り合わせた3人の先輩方
他の2人はわからないが、入江先輩は確実に確信犯だろう。
思わず溜息も漏れる
「ねぇ徳川、あの浴衣の子可愛いと思わない?」
「入江先輩・・・」
呆れを多大に含みながら嗜めようとしたが、彼の顔にはいつも以上に読めない笑みが浮かんでいる
先輩が指差す先には薄紫の浴衣の少女
夕闇に浮かび上がるようなその姿は幻想的だ。
そしてそれは他ならない---
「・・・、羽音?」
「ね?」
「ああ、羽音も浴衣なのか」
「うわぁ!!いいですねぇ〜」
その姿が一瞬、太陽の下でテニスコートを走り抜ける姿と結びつかず
待ち合わせの相手だと理解するまでにブレが生じてしまった。
結った髪は栗色だが、浴衣に良く似合っている
こちらに気付いていない羽音は少しきょろきょろと辺りを見回した後
鏡を見ながら前髪を整えていた。
「ああいう仕草、可愛いですよねぇ〜」
「いつにも増して小動物だな」
「徳川のため、ってのが気に入らないけどねぇ?」
「・・・・・」
色々な意味を込められた視線から逃れるすべを探していると、あいつに近づく影
その柄の悪い2人の男は、羽音の知り合いだと到底思えない
何かを考える前に、自分の足は動いていた
「羽音」
苛立つままに読んだ名前は、いつも以上に冷たい音をしていた。
動かない羽音に怖がらせたか、と思ったが
「悪かった、遅れて」
「!!いえ、まだ時間前ですよ?その・・・ありがとうございました」
「いや・・・」
宵闇に浮かぶような白い肌が目立つ
いつもと違う雰囲気に、俺の口からは気の効いた言葉の一つも出ない
「浴衣姿も可愛いね、ぐらい言えないの?徳川」
そんな事を言えたら、何も苦労していないだろう。
にやりと意地悪く笑った入江先輩に、頭を抱えたくなった。
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