深海少女

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『生まれ変わり』というものを信じている人は、どれぐらいいるだろう。





【深海少女】





私は『生まれ変わった』


『転生』を経験した


しかし私には『特別』な事があった



5歳ぐらいの頃からだっただろう


所謂『前世の記憶』というものが、私の中で徐々に甦ってきたのだ



夢が現か、現が夢か



中国の思想家の言葉を借りるならば

『今も私』が夢の中で『前世の私』となったのか
自分は実は『前世の私』であって、いま夢を見て『今の私』となっているのか

いずれが本当か『私』にはわからない。


まさに、胡蝶の夢を見ているようだった




『前世の私』は高校生だったと思う。


そこそこ裕福な家庭に生まれ、人並みの青春を送っていた


私が中学時代、テニス部に入部したのに大した理由など無かった。

ただ、テレビのプロテニス選手に憧れた。それだけだ


中学校でも部活は、言うなればただの‘義務’


途中でやめることも出来ず、ダラダラと続けていたものだから、当然結果もそれに見合ったものだった。


もっとあの時頑張っていれば。と思ったのは、大学受験の勉強に追われている時だった。

テニスコートを楽しそうに走り回る中学生を見て、ふと胸に湧き上がる想いがあったのだ


それは言葉にするならば、情景であり懐古であり・・・後悔


テストの度に「もっと勉強すればよかった」と後悔するのと同様に
私はその時
「もっとテニスを真剣にやればよかった」と後悔した






もう一回、やってみよう


『転生』


私に、やり直しのチャンスが与えられたと思った。


真剣にテニスをしよう。


‘部活’は憂鬱なものだったけれど、テニスそのものは好きだったのだから


そして恐らく私は、そうすることで『転生した事への意味』を見つけようとしていたのだ





しかしその決意は、思いも寄らぬ形で打ち砕かれることになる。



それは、テニスのジュニア大会の日だった


試合を全て終え、最高の成績を残した私は
テニススクールの友人を見に行こうと、男子のコートへと足を運んだ。


私はそこで、信じられないものを目撃する



【手塚国光】

【真田弦一郎】

【幸村精市】



決勝トーナメントに書かれた、名前



そんなことありえない。



思ったのはただそれだけ


信じられなかった

否、信じたくなかった



震える足をどうにか動かし、たどり着いた男子の会場

コートの中には『転生前の私』の知らない、幼き日の彼等がいた




『テニスの王子様』




ここは私が生きる世界じゃない

彼等の世界


理解はした。


だけど、受け入れられなかった



そんな混乱の海に溺れる私を、さらなる衝撃が襲う



何故、彼等の世界に私という‘異物’が存在する?



閉会式の時間に迫られ、ふらふらと女子の会場に戻った私の目に最初に入ったのは、今回の決勝トーナメントの用紙


勝ち進んだ名前から赤い線は伸び、頂上へ


そこには他ならぬ、自分の名前




唐突に理解した


これは私の実力では無い




『個人女子の部、優勝・柊羽音』



そのアナウンスを、私は絶望の中で聞いた。



今までの私のテニスの功績は、努力の成果などではない。


これは、ドーピングだ



努力している人達の想いを、踏みにじるような暴挙だ



『転生』

『トリップ』

『最強設定』



私には、テニスをする資格が無い



怒りが喉元を過ぎれば、残ったのは絶望だけだった。





そうして、私はテニスを止めた









2011.5.20
 

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