君の瞳に映る空

□お嬢さん、お逃げなさい
1ページ/2ページ

※現パロ&妖パロ







最初にそれに気がついたのは、中学校に入学したころだった。





周囲で何度も見かける黒い犬。



ある時は学校からの帰り道に振りかえると、いた。

またある時は友人と遊びに行った時に、いた。



それだけならば特に気にする事でもなんでもないのだが
何故かその黒い犬は、私以外の人間には見えていないらしいのだ。


「あそこに黒い犬がいる」と私が指さしても、皆一様に口を揃えて「何処に?」と問う。


妹は「私にはわからないけれど、嫌な感じがするから行きましょう」と私の手を引き
友人も「何かと見間違えたんじゃない?」と笑った。

唯一、妹の幼馴染で私も弟のように思っている男の子は「ちょっとだけ黒い犬が見えた気がする」と言っていたが
それもその一度限りだった。




私にしか見えない犬


それは全身が真っ黒で、大きさは中型犬ぐらい。

遠目でもわかるつやつやの毛並みは短く、いつも背筋をピンと伸ばして佇んでいた。






私が高校生になっても、やはりその犬は私の傍にいた。



朝も夜も時間を問わず、毎日のように視界に入る黒い影。


その頃には私も、その不思議な黒い犬の存在に慣れており
部活で遅くなった1人の帰り道などは見守られているようで、むしろ黒犬がいてくれることに安心していた。




そんなある日の事。

部活と委員会の作業で帰るのが遅くなった私を心配し、教育実習生の先生が送ると申し出てくれたのだ。


その教育実習生は最近高校にやって来たばかりであるが、女の子が好きそうな甘いマスクと気さくな人柄で
すでに生徒の間では人気者である。


そんなイケメン先生と2人きりで下校、というのに少し抵抗はあったものの
目上の人間からの善意の申し出を断り切れず「お願いします」と頭を下げた。


私はそれを、盛大に後悔することになるとも知らず。





「止めてください!!っ先生!!」

「いいから、ほら」


人気の無くなったところで、彼は本性を見せた。

下卑た笑みを浮かべる男にはもはや学校での「生徒に人気の教育実習生」の欠片も見当たらない。


私の身体を車に引きずり込もうとする手から逃れようと、必死に足に力を入れて踏ん張った。


「離してッ!!」


抵抗し、離れようと引いていた力を逆にどんっ!!と全力で押してぶつける。

その弾みで先生は地面へと転がるように倒れた。


「・・・・ッ、この!!」

「!!」


表情を凶悪な物へと変えた大人の男性に、恐怖に足が竦んだその瞬間


「ひッ!!」


暗闇から勢いよく何かが飛び出し、先生に圧し掛かった。


見れば犬が…あの黒い犬が先生の喉元に噛みつき、口元をその血で染めている。


黒犬の力は強く、大人の男性の力でも太刀打ちできないようで
先生は全身を噛まれ…否、喰い千切られて、身体中から真っ赤な血が噴き出していた。


「が、ァ…っ、…!!」

「ぁ………」


それは一方的な蹂躙だった。


何の抵抗もできずにただ悲鳴を上げている先生を
グルルル、と世にも恐ろしいうねり声を上げながら甚振る黒犬。



私は震える手で必死に携帯電話のボタンを押した。






連絡を受けた警察が駆けつけ、先生は救急車で運ばれていく。


血まみれの体には、喰いつかれた獣の歯型と牙の痕。

どう見ても野良犬に襲われた状況だったが、その頃にはあの犬はいなくなっていた。



その後、私の証言により調べられた先生の自宅からは、襲われた少女たちの写真や動画が多く押収されたらしい。

もちろん先生はされること逮捕となり、その話題は暫くの間学校を大いに騒がせた。


まぁ私はそんなことよりも、拘置所まで行って先生に止めを刺しに行きそうな友人と妹を止めるので精一杯だったのだが。





それからもあの黒い犬は以前と変わらず私の視界に現れる。


何事も無かったような顔で、何時も通り私を見守っていた。






黒犬の正体に気付いたのは、何気ない先輩の一言だった。



「それは送り犬かもしれないね」


「送り犬、ですか?」



送り狼、という言葉ならいろんな意味で聞いたことがあるが、それの派生物だろうか

疑問を浮かべる私に、先輩は「日本の妖怪だよ」と教えてくれる。


「いやいやエルヴィン。いくらオカルトマニアだからってそれはないでしょ」

「ハンジだってそうだろう?保健室の人体模型が動くわけはないよ」

「いや!!彼等は素晴らしいよ!!そう言えば、理科室のソニーとビーンなんだけど・・・・」



2人の平和な会話を聞きながら、私は1人考え込む。

『送り犬』

その単語が頭から離れなかった。



家に帰り、私はさっそくインターネットで送り犬について調べてみた。

困った時はウィキ先生に聞こう、である。




『送り犬』


日本の妖怪の一種


夜中に山道を歩くと後ろからぴたりとついてくる犬。


もし何かの拍子で転んでしまうとたちまち食い殺されてしまうが、転んでも「どっこいしょ」と座ったように見せかけたり、「しんどいわ」とため息交じりに座り転んだのではなく少し休憩をとる振りをすれば襲いかかってこない。

地域によっては、犬が体当たりをして突き倒そうとする、転んでしまうとどこからともなく犬の群れが現れ襲いかかってくる、などの違いがあるらしい。


また、無事に山道を抜けた後の話も諸説あり

もし無事に山道を抜けることが出来たら「さよなら」とか「お見送りありがとう」と一言声をかけてやると犬は後を追ってくることがなくなるという話。

家に帰ったらまず足を洗い帰路の無事を感謝して何か一品送り犬に捧げてやると送り犬は帰っていくという話があった。





「貴方は送り犬なのかな」


私は後ろを振り向き問いかけた。



いつの間にか、どこからか私の部屋へと入り込んでいる黒犬。

これももう慣れた光景だ。



「私は夜中に山道を歩いた覚えはないんだけど…」

「……」


当たり前だが、黒犬は言葉を返しはしない。



いつも私の後ろにいる、黒い犬

彼の前で転んだ先生は喰われてしまった。



「ねぇ、私が転ぶのを待っているの?」



彼の前にしゃがみ、目を合わせる。

私から彼に近づくのは初めてだ。


間近で見るその瞳は鋭く、油断なく光っていた。



「いつも私を送ってくれて、ありがとう。」



精いっぱいの感謝を言葉に込めたなら

彼は満足そうに喉を鳴らした。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ