スキャンダル

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新しい朝が来た 絶望の朝だ





【レーム滞在記】





「ん・・・・」



軍人としての訓練を受けた身体は一定の時間以上の睡眠を取ることはなく、またどんな時刻に眠ったとしても同じ時間に目を覚ます作りになっている。

しかしそんな私の身体は覚醒しても、頭はまだ起きない。それどころか痛い。


「(そうだ、昨日は酒を…---)」


はっきりしない頭で記憶たぐりよせ、不調の原因を探る。


ジョッキに並々と注がれた黄金色のビールを思い出したところで----




『マキナ』




唐突に浮かんだのは、汗に濡れた髪を掻き上げ熱い眼差しを向けるムーのドアップ




「(・・・・・は?なにこの記憶・・・?)」




『痛くないか?』



言葉と吐息の中間のような掠れたムーの声。

いつもの力強く通る声でなく、聞いたことのない囁き声。



「(なにこれ・・・)」


とっさに耳を塞ぐが、ムーの声は外からではなく頭の中から響いてくる。



『可愛いよ、マキナ・・・ッ』




「(やめろ消え去れ海馬!止まれ大脳!残滅せよ我が記憶!!)」


今ほど自身の記憶力を呪ったことはない。

思い出すのをやめたいのに、重なった身体の熱も吐息も言葉も・・・芋づる式に吊り上がってきてしまう。




『・・・いいか?』




「---------!!」


何かの了解を取るムーの声を思い出したところで、ついに耐え切れずシーツに突っ伏した。



だんだん目が覚め冷静になってくると、自分の体のあらぬ所が痛みだしてくる。

無視するにはあまりにも大きすぎる、下肢の違和感。

認めたくないが答えは1つ。


どう考えても事後ですありがとうございました!!


俗語で言えばこれは「上司と朝チュン」という最悪の事態に他ならない。


ザァッと血の気が引くという感覚を味わった。



「酒に酔い意識のない所を襲われた」という被害意識ばかりを持てないのには理由がある。

昨夜の私は1人で歩けないほど酔いが回っており、寝室に運んでもらった。
その時に「一緒に寝よう」的なニュアンスのこと言った覚えがあるのだ。


もちろんそれは文字通り「同じベッドで眠る」という意味で、男女の関係を誘うものではないものだったが
それがまかり通るほど、世界とは優しいものではないことぐらい理解している。

自分に非があることは明確なので、訴えても全面勝訴は難しいだろう



「(うわぁああああああああ!!)」


心の中で絶叫した。


実際暴れたいが、それをできないのは隣にある原因------そう、ムー・アレキウスだ。


隣に眠るこの男に記憶がない…などという希望はゼロに近いだろう。

彼の酒豪っぷりは幾度か目にしているし、思い出す顔には余裕さえ浮かんでいた・・・と思う。


シーツの上からでもわかる裸体は、彫像のような逞しい筋肉。


まっぱだカーニバル。

そんなアホな単語が脳裏をよぎるぐらいには、自分は混乱しているらしい。




「(どうしよう、どうしよう・・・・どうしようッ!!)」


対処法がわからない。


こんなことならば、こういう経験が多そうな炎の上司に聞いておけばよかった!


「(って私アイツと同じレベルかよ!)」


心底情けない!!

一夜の過ちなど不潔だと嫌悪していた自分がまさかのこの失態!!

ああ・・・オリヴイェ姉様ごめんなさい。
不肖のマキナは姉様に顔向けできない事態をやらかしてしまいました・・・



「(・・・もう涙が出てきた。)」


今こっそり抜け出したら、なかったことにならないだろうか。


しかしどこまで逃げるべきか。

レームから出る?

とにかくシェヘラザードに?

いや、なんて言うんだなんて。



「(とにかく!この場を離れよう!)」


逃亡を決意し身体を起こした瞬間-----



がしっと腰を掴まれた。



「--------ッ!!!!」


喉から叫び声は出なかったが、腰は悲鳴を上げた。



「す、すまない!!大丈夫かマキナ!!」

「ッ!!」


激痛に声も無く再び寝台へ沈む身体を、大きな掌が優しくさする。


「(ムー・・・起きてたのかッ)」


1人後悔に青ざめていた自分を見られていたと思いキッと睨み付けた先には、甘やかすような優しい微笑。

思わず虚を突かれ、罵声は引っ込んだ。


「ムー・・・」

「もう少し横になっていたほうがいい。無理をさせてしまったからね。」

「・・・・・」

「聞くまでもないかもしれないが・・・覚えている、よな?」


沈黙をもって肯定を返したのは、何て言ったらいいのか言葉が見つからなかったからだ。



「・・・昨夜」

「ん?」

「昨夜、ムーは・・・正気だった?」


私はまだ寝台に横たわったまま。

ムーの大きな手は依然私の腰にあるが、そこに昨夜のような艶は一切感じなかった。



「ああ。俺は酔ってなどいなかった」

「なら、どうして」

「俺達は夫婦だろう?」



「・・・・・は?」



「君は俺の妻マキナ・アレキウスだ。そうだろう?」

「はぁ」

「夫婦が夜を共に過ごすのは至って普通のことじゃないかな」


「・・・・・」



ニコッと笑い、ごく自然に当たり前のように言われたので、一瞬納得しかけた。


いやいやいや、違うだろ。

そういう問題じゃないだろ。


私、まだ混乱してる。



「ちょっと待て。だけど私とムーは・・・」

「今はまだ子供を考えられるような時期ではないけれど、いずれそうなるじゃないか」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「子供は嫌い?」

「どちらかといえば好き、だけれど」

「よかった。俺もだ」

「・・・・・」



まさかのゴリ押し力技。



あれ?

これ、私が間違っているの?

確かに結婚してはいるから夫婦だということにはなるけど・・・


え?



「マキナ」

「うん?あれ・・・?」

「今日からは寝室を一緒にしよう」

「・・・・は?」

「いいね?」

「ちょ、待・・」



「ね?」



「・・・はい」



私が頷いたのを認めると、ムーは満面の笑みを浮かべて寝台から立ち上がった。


「起き上がるのも辛いのだろう?ここまで食事を運ばせるから待っていてくれ」



朝日の下で曝された大きな身体に、私は考えるのやめた。





新しい朝が始まる。








(既成事実ゲットだぜ)
2014.6.20


R部分を書こうか書くまいか心底悩みましたが割愛。
番外編でパス付きなら大丈夫かな?アウト?
 

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