スキャンダル
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「ガキじゃねぇんだし、1人で寝ろ」
開口一番に言われたセリフに、ミュロンは返す言葉も無くポカンと口を開けた。
【レーム滞在記】
ロゥロゥとミュロンが上品さの欠片もない殴り合いに発展しかけたところで、ヤクートが捨身覚悟で割って入ったわけだが
そこで告げられたあのセリフの理由に、ミュロンは驚愕した。
「兄さんとマキナが?」
「このままじゃ良くて一生仮面夫婦、悪くて離婚だぞ」
「マキナって、思い立ったら即行動しそうだからなぁ」
「ある日突然離婚を切り出してもおかしくねェな」
「そ、そんな、マキナが・・・」
初めこそミュロンは、敬愛する最愛の兄の結婚など受け入れられるはずもなかった。
それでも「仕事の一環」「レーム帝国のため」と自分に言い聞かせ、義姉となるべき女性と会うと
肩透かしを食らった、というのが第一印象。
会話には色気もないどころかほぼ上官と部下の軍議であったし
社交界での女性達のようにムーの周りに媚び侍ることも無く、むしろマキナは私生活においてはムーよりもミュロンを構っていた。
ファナリス兵団を率い、レーム帝国でも中枢に喰い込む多忙な兄。
多くの責任を負うムーに我がままは言えないし、ミュロンは「良きアレキウスの娘」であり「良き妹」でなければならなかった。
「兄さん」の中で「妹」への比重が軽いことなど、認めたくないがわかっていた。
仕方ない。
そう、仕方がないのだ。
自分はアレキウスの娘として、兄の顔に泥を塗らないようにしなければならない。
なのに兄のようにできない。
夜会では失敗ばかりで、自然な笑顔を浮かべることすらできない、上手くいかない自分。
そんな中、自分を見てくれる存在が突如舞い降りたのだ。
マキナも社交界は苦手だというのに、夜会では兄の隣に必要なとき以外は自分の傍についていてくれた。
帰りの馬車のなかでは「頑張ったね」と優しく微笑んで頭を撫でてくれる。
舞踏会に行きたくないと駄々をこねるミュロンに一緒にドレスを選び、髪を編み込みに結ってくれた。
それはまさにミュロンがずっと欲しかった、何の見返りもしがらみもなく甘やかしてくれる「姉」そのものだったのだ。
また、世界を知らないマキナはレームでの生活の仕方を何も知らない。
兄からも「慣れるまで気にかけてやってくれ」と頼まれており、ミュロンは張り切って世話を焼いた。
自分を構ってくれる優しい姉と、世話を焼かねばならばい妹が同時に手に入ったようだった。
ミュロンはただの「契約結婚」でできた部外者だと思おうとしていたマキナを、今ではもう「家族」として認識してしまっていたのだ。
加えてファナリスは総じて独占欲の強い、縄張りを荒されることを許さない獣である。
手放すなんて、できるわけがなかった。
「兄さんとマキナは仲が良いと思っていたのだ・・・」
「あー…仲は悪くねぇだろ」
「うん。仲は良いんだけど、男女の仲じゃなくて完全に仕事の上司と部下って感じだもんなァ」
つまり、契約さえ切れたなら、何の跡腐れも無く出ていくだけの関係。
鳥のように跡を濁さずサッパリと飛び立ってしまうのか。
「わ、わかったのだ!!僕がなんとかしてみせる!!お前達も手伝うのだ!!」
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3人寄れば何とやら、というのは脳筋ファナリスには当てはまらないらしい。
拳も飛び出した議論は紛糾したあげく
『あの2人だって男と女なんだから、酔っ払わせて部屋に閉じ込めればそういう展開になんだろ』
という、ロゥロゥ発案の割と大雑把で下世話な意見が採用されてしまったのである。
そういう経緯で、ムーとマキナ
ミュロン、ロゥロゥ、ヤクートと彼から話を持ちかけられたヤゾルも参加した飲み会が、アレキウス邸で開催されることとなった。
その開始から1時間足らず
彼らは既に問題に直面してしまった。
「「(酒、強ぇ・・・ッ!!)」」
男2人は戦慄した。
マキナの周囲には、転がる多数のワイン瓶。
彼女はどれだけ飲ませても素面で、顔色一つ変えやしないのだ。
マキナがここまでの酒豪だと予測すらしていなかった時点で、彼らの負けである。
「「(詰んだ・・・・)」」
むしろ話の上手いマキナに煽られるように、こちらの酒も進む。
彼女の柔らかそうな膝の上には、酔い潰れたミュロンが猫のように-----今にもゴロゴロと喉を鳴らさんばかりにじゃれついている。
彼らが望んでいたのは酔っ払ったマキナがムーに絡む図であり、べろんべろんに酔ったミュロンがマキナにじゃれついている図ではないのだ。
「(惜しいけどそうじゃねぇんだよ!!)」
「(お前が罠にかかってどうする!!ミュロン!!)」
ロゥロゥがミュロンを引き剥がそうとしても、いつもの強気はどこへやら
マキナの腰に縋り付いて「僕だってがんばっているのだぁああ!!」と泣き出す始末。
「うんうん。ミュロンはえらいねー」などと頭をなで甘やかしているマキナは聖母もかくやという光景なのだが
お前が構うべきなのは妹ではなく兄!!夫!!旦那!!
3人は声高らかにそう訴えたい衝動をぐっと堪えていた。
ムーはというと、仲むつまじい様子の2人に苦笑・・・というよりも既に見慣れている。
その表情は、仲間達と妹、そして妻と楽しく酒を飲み交わすだけで満足だ。と言っていた。
これはあかん。
「あ、あたしがミュロンをベッドまで連れてくよ!だからマキナはまだ飲んでて!」
「え?ヤゾル?」
「あたし、そのまま帰るから!じゃ、失礼しました団長!!」
「ああ、気を付けてな」
「はいっ!!」
あとは頼んだよ。
最善を尽くす。
ヤゾルは肩にミュロンを抱えたまま、仲間と目線を交わした。
その後さらに酒を追加し他愛もない話で盛り上がっているところでムーが「そうだ」と話の腰を折って立ち上がった。
「そういえば新しいビールが入っていたな。今年の出来は上々だと評判が良いらしい」
「いいッスね!よしマキナ、お前もジョッキよこせ」
「いや・・・悪いけど遠慮させてもらえないかな。私ビールは得意じゃなくて・・・」
「何言ってんだ、レームのビールをそこらの粗悪品と一緒にすんじゃねぇよ。まぁ一口飲んでみな」
そして10分後
「ほら、水だ。飲めるか?」
「ぅ・・・ん、そこはベンゼンかん、なので・・・」
「マキナ?」
「「・・・・・」」
計画に違わぬ光景が作り出されていた。
マキナはムーの膝に身体を半分ほど乗り上げ、しなだれかかっている。
名前を呼べば返事は返ってくるが既に半分夢の世界へと旅立っているのだろう。
言葉は文章になっておらず支離滅裂であるし、目はどうみても焦点が合っていない。
その柳腰にはちゃっかり、だがしっかりとムーのたくましい腕が回されていた。
「なるほど。マキナはビールに弱いのか」
「しっかし、ワイン1樽ほど飲み干して酔いもしなかった奴が、ジョッキ1杯のビールで酔い潰れるとはなぁ」
顎髭をなぞりながら面白そうに言うロゥロゥは、ヤクートと目を会わせニヤリと笑う。
そう、自分達の仕事はここまでだ。
「じゃあ俺たちはこれで失礼しますよ、団長」
「ごちそうさまでした」
「ん?帰るのか?」
「ええ。目的は一応達成したんで」
「後は良い知らせを待ってます」
「・・・ああ。ありがとう、2人とも」
彼らの団長が浮かべた壮絶なほどに美しい野性的な笑みに
主犯ながらマキナの身が心配になった2人であったが・・・・全ては後の祭りである。
(美味しくいただかれました)
2014.6.6