スキャンダル
□あの娘と
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「今が見頃」との言葉通り
煌帝国外宮の庭園には、自身の美しさを競うように花々が咲き乱れていた。
梅、桃、牡丹といった花々が咲き誇る豪華絢爛なその様子は、まさに壮観。
灯籠に照らされた花達は夜闇から浮かび上がるようで、昼間に日の光の下で見るのとはまた違った印象を与えてくれる。
そして、その灯籠が出す淡い光は池の水面にも映し出され、今この瞬間、まるでこの場が此の世でないような神秘的かつ幻想的な光景を作り出していた。
手元には美酒、眼前には美景
なんとも贅沢な境遇に思わず、グラスを離した口元から溜息が漏れる。
それは何時もの疲れや呆れから出るものとは程遠く、感嘆と憧憬による甘美なものだった。
「お誘いくださり、本当にありがとうございます。こんな素敵な光景が見られるなんて・・・」
「気に入ったのならば幾つか持っていくといい。後で庭師に切らせよう」
「いいんですか?でしたら、是非お願いします」
「ああ。しかしそうだな・・・それならいっその事、庭ごと持っていくか?」
「・・・・・・は?」
「新しく作らせてもいいな。先だって制圧した土地は避暑地にも良さそうだった。」
宮城からの距離も遠くて良い。と軽く笑う紅炎様に、とっさに返す言葉が出ない。
「お前の好きにしていいが」
「いえ、結構です。いりません」
「冗談だ」
「・・・・・」
言葉通り真面目に受け取り顔を強張らせた様子が面白かったのだろうか。
紅炎様は喉の奥で笑うと、優雅な動作で酒を煽った。
しかし私の方はというと、この人ならば簡単にやってしまいそうな冗談に、笑おうとした口元が引きつっているばかりだ。
夜も更けた暗闇の中
私と紅炎様は2人、王宮外園の亭、または東屋と呼ばれる休憩所のような所で
酒を片手に夜の花見と決め込んでいる。
そう、2人。
彼の眷属や側近達でさえも遠ざけ、人払いもしてあるために本当に2人っきりだ。
征西総督の任に就く紅炎様にしては、今の状況は宮中内とはいえ、とても珍しい。
何故こんなことになったのかというと、話は今日の昼過ぎまでさかのぼる。
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昼過ぎのことだった。
私の部屋を訪ねてきた黒彪将軍伝いで、紅炎様からの『離れの庭園は今が見頃、今宵酒を飲みながら花見でもどうか』という伝言を受けた時
「ならばお召し物の用意を!!紅炎様がお好みになる、赤はいかがでしょう?」と慌てて服選びを始めたのは侍女Aで
「まぁ!!では、髪を結いませんと…着物と合わせた紅珊瑚か、でもマキナ様の瞳と同じ翡翠も捨てがたいですわね」と両手に櫛と髪飾りを抱えてきたのが侍女Bで
「神官様や第三皇子殿下が部屋にいらしても、行き先は決してお教え致しませんからご安心下さいませ」といらん気を利かせたのは侍女Cで
「美味い酒が飲める!!」と拳を握ったのが私だ。
私は普段から侍女3人に付いてもらっているのだが、彼女達は何かと私を着飾らせたがる。
侍女というのは大概主を飾り立てたがるものでもあるらしいが、加えて私が金髪翠眼という煌帝国では物珍しい容姿をしているせいもあるだろう。
私はいつものように「正装ならまだしも、盛装など動きにくく煩わしいだけだ。」と言いたかったのだが
今回ばかりはそうもいかない。
なにせ相手は煌帝国第一皇子・練紅炎様
ちょっとそこまで、の気分で会いに行ける御方ではないのだから。
実はここに来た当初私は、紅炎様との距離のとり方を図りかねていた。
アメストリスは王政ではなく軍事政権であったため、王族という身分は存在しない。
それ故に私は、権力や地位のある人というのは知っていても、王族----つまり、生まれながらに高貴な身分の方というのは、常識の中に存在していなかったのだ。
ちなみに紅覇は王族であっても、初対面で名乗る前に刃を交えているので論外だ。いまさら不敬罪も何もあったもんじゃない。
紅明殿については、理由は知らないが彼は錬金術に深い憧憬の念を抱いているらしく、私は初対面から何故か握手を求められた。
そのせいもあり友好的に接してくれている彼とは、私も気軽に付き合えているのだ。
そしてジュダルも神官という地位をもっているが、彼は私の目に、ただの力を持て余した子供としてしか映らない。
しかし紅炎様は一目会ったときから別格だった。
今までに出会ったことのない人種だ。
王者の風格、とでも言えばいいのだろうか。
生まれながらの王族であり、王族と言われれば「なるほど」と納得できる何かを持っていた。
ぐだぐだ悩むのも性に合わない私は、会って早々本人に---紅炎様にその事を正直に打ち明けた。
「貴方にどのような態度をとればいいのか」と。
すると彼から返ってきたのは「好きにしていい」と一言。
そうして交流を重ねてみれば、彼は征西総督という地位通りに武人の面が強く
私とは軍に身を置く者同士、すんなりと理解できることが多かった。
唯一理解の及ばない処といえば、その金銭感覚だろうか。
先ほどの侍女達の話に出てきた着物や装飾品の多くは、この人からの贈り物だ。
他国や諸侯からの貢物として贈られてきた物の中に、私に似合いそうな物があったから持ってきた。らしい。
元々装飾品に興味は薄く、また使い道も無い私は「出奔した時にでも、換金させていただきます」と告げたところ、大いに笑われてしまった。
2013.5.12