深海少女2
□君に会えない
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「どうしたの?真田君」
朝の昇降口で偶然会った同級生は、いつもの3割増しで顔を顰めていた。
先行きの見えない悩んでいる中年男性の様な、残業で疲れたサラリーマンの様な・・・・どちらにしても、一般的な中学3年生のする表情ではなかった。
挨拶もそこそこに尋ねれば、重々しく口を開いた真田君は「大したことでは無いのだが」と前置きして言った。
「朝練のときに、トトロに会ったことがないといったら驚かれてな」
なんだ。魔王の新しい遊びか。
私は一瞬で理解した。
というか真田君、トトロ知ってたのか。
「幸村は日本男児ならば会って然るべき、と言っていたのだが。あれはその…実際に会える物なのだろうか」
「・・・・・」
幸村君に全幅の信頼を置く真田君の将来が、割と本気で心配になった瞬間だった。
悩める彼の誤解を解いてあげるのが、友人としての正しい姿なのだろう。
ここで偶然私が真田君と会ったのも、何かの縁だ。
だから私は笑顔で言い切った。
「トトロなら、私も会った事があるよ?」
「ま、まことか!?」
「うん。小さい頃に、祖父母の家でね」
「そうか柊も…やはり幼少期に会っているものなのだな」
信 じ た よ
真田君にはやはり天然…というよりも変にピュアな所がある。
彼をいじりたくなる魔王の気持ちが理解できてしまった。
「確かに子供の頃にしか会えないって言われてるけど・・・でも、まだチャンスはあると思う」
私は忍耐を表情筋に総動員させながら、笑顔をつくった。
「会いたい気持ちをアピールすることが大切だから・・・そうだ!!今日の部活の時、サーブの掛け声の代わりにトトロー!!って叫んでみたらどうかな?」
「なるほど」
それはいいかもしれんな。
そう言った真田君の表情は、少し晴れやかな物となっていた。
「会えると良いね、トトロに」
「ああ。」
嗚呼、放課後が待ち遠しい。
+++++
そして、その日の夜
「もしもし切原君?どうしたの?」
『いや、どうしたもこうしたもないっスよぉ!!』
なんてことしてくれたんスかせんぱぁい…
電話越しに泣きそうな声で訴えるのは、可愛い後輩の切原君。
「んー?」
『真田副部長のトトロの事っス!!もう今日の部活、幸村部長は爆笑してて使い物にならないし、一般部員は怖がって集中できないしで…練習にならなかったんですからね!?』
訂正しようと思っても「柊も会ったと言っていたのだ」と譲らなかったらしい。
大いに信頼を置く相手2人に断言されれば、黒いカラスも白くなるというもの。
そんな純粋な真田君も面白いが、ぶぅぶぅと文句を言ってくる可愛い後輩も私は大好きだ。
「え・・・?切原君もトトロに会ったことないの?」
『・・・・・え?』
謝罪の言葉がくると思っていたのだろう。
電話口から、切原君の気合の抜けた声が聞こえてきた。
『え?いや・・・え?まさか先輩ホントにトトロに会ったこと・・・あるんスか?』
「やっぱり・・・信じてもらえないよね」
『お、俺、信じます!!』
ちょろい。(確信)
悪魔だか何だか知らないが・・・まだまだだね。
「ありがとう、切原君」
今夜は楽しい夢が見られそうだ。
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翌日の朝
立海大付属中学校校庭、男子テニス部のテニスコートにて。
「トトロー!!」
「トトロー!!」
バカが増えた!!と転げまわって爆笑する部長の隣で、男子テニス部レギュラーメンバーは痛む頭を抱えていた。
「おい、アレどうするよ…」
「どうするも何も、私の手にはもうどうにも…」
「だがこうなると、テニス部以外にも影響が出る可能性もある」
「おい仁王、柊呼べよ。責任取らせるぞぃ」
「まぁまぁ、もう少し楽しんでからでも遅くないナリ」
「あっはっはっははははっ!!!」
高らかな魔王の笑い声が響く立海テニス部は、今日も平和である。
2013.10.23