君の瞳に映る空

□お嬢さん、お逃げなさい
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大学に入学するに当たり、私は一人暮らしを始めた。



実家から大学までは電車を乗り継いで2時間程。

通えない距離ではないが、朝から長時間の通学とラッシュで疲れることになり、夜も遅くなると帰るのが面倒になる。

それならば、と一人暮らしをしてみたかった私の希望が通ったのだ。



妹は大層寂しがったが、週末には電話をすること、長期休みには必ず帰る事。
あと、彼氏なんて作らない事などを条件に送り出してくれた。


ハンジやミケといった顔馴染みと過ごすキャンパスライフは中々に楽しく、新しい出会いもあった。

新スタートを切った新しい環境の中、私は中々に充実した日々を過ごしていたのである。




そして、大学生初めての夏休み。


実家への帰省を前に、私は部屋の大掃除に取りかかっていた。


大掃除と言えば年末だが、私は実家で年越しをするつもりだし
何より寒い時期に掃除をするよりも、夏に一気にしてしまう方が効率が良い。洗濯物も乾きやすいし。



「リヴァイー。これもお願い」

「……」


掃除機を片手に持ったまま雑巾を渡すと
彼はそれを器用に咥え、バケツへと放り入れる。



そう。彼はついてきたのだ。


妖怪というものはその郷土特有の物なので、実家を出た私は彼ともお別れだと思っていたのだが

ある夜ベランダの窓を開けたら、そこには黒い犬がいた。


あの時の驚きは人生最大級のものだろう。



そんな彼をいつまでも犬、犬…と呼ぶのも悪い気がして、私は「リヴァイ」という名前を付けた。


ペット禁止のマンションであるが、誰にも見えないリヴァイは堂々とエレベーターに乗っていても咎められることはない。




そうしてコミュニケーションを図ろうと努力した結果、彼のことが少しずつわかってきたのだ。



オスだということ。

ご飯は食べないこと。

とても高くジャンプできること。

そして、綺麗好きだということ。


今も掃除を手伝ってくれている様子は、妖怪というよりもよく躾のいき届いたただの犬に見える。






「…ふぅ。こんなもんかな」


越してきて半年も経っていない部屋は、未だそんなに汚れは目立たない。

後は、実家に帰るための荷物をまとめて、冷蔵庫の中を空っぽにして、ごみを全部出して…


「うわぁっ…!!」


考え事をしながら荷物を運んでいた私は掃除機のコードに足を取られてしまい、ベッドの上に倒れこんでしまった。


変えたばかりのパリッとしたシーツに身体が沈む。

抱えていた荷物は、その場に散乱した。



「…転んじゃった」



しかし、荷物の事などはどうでもいい。



今、リヴァイの眼の前で

私は転んでしまった。



その事実に、何も考えられず茫然とする。


送り犬の前で転んでしまったら、早く誤魔化さなくてはいけないのに。

頭ではわかっていても口が動かない。


そうこうしているうちに視界には黒い犬の足が見え、顔に黒い影がかかる。



ああ、リヴァイだ…



一瞬、脳裏にあの事件がよぎった。


転んだら、食べられてしまう。



鋭い牙を覚悟して顔を上に向けると、そこには見慣れた犬の姿。


しかし目の前の黒犬の周囲の空間がぐにゃりと歪む様に渦巻いて-----そこから、1人の人間の男性が現れた。



「・・・・・・・・え?」



「・・・・・」

「リヴァイ、なの?」

「・・・・・ああ」



うねり声の様な、低い声

瞳はあの犬と同じで鋭くて、こちらを見下ろす眼差しはまるで支配者のように堂々としている。


オカルトというよりもファンタジーな現象に目を白黒させる私を可笑しそうに見やると、人間の姿になったリヴァイは口元を笑みの形に釣り上げた。



「待ちわびたぜ……長い間焦らしやがって」

「…ぁ、っ!?」


リヴァイは私の首元に顔を埋めて鼻を鳴らすと噛みつく…というには優しい、いわゆる甘噛みをした。

刺すような痛みは走るがそれ以上に、吹きかけられる息と温かく濡れたものの感触に背筋がぞわぞわする。


「は、ぁ……」


ざらついた舌で首筋を舐め上げられると、足元から力が抜けていく。


いつの間にか両手は一纏めに頭上に抑えつけられており、苦しい体勢に見上げれば、筋肉質な裸体を惜しげもなくさらして笑う男がいた。



そして赤い舌を唇に這わせ、彼は宣言する。





「いただきます」





断末魔というには甘すぎる嬌声が、真夏の個室に広がった。









2013.5.4
食べられました。性的に。
「送り犬」についての解説は、wiki先生参照
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