深海少女
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彼等が出て行ったドアを見ていると、不意に切原君が口を開いた
「アイツ等、いい加減にしてほしいッス。テニスで役に立たねーくせに」
パンッ!!
乾いた音が教室に響く
私が右手で、切原君の左頬を打った音
目を白黒させて、何が起きたのかわからない、という表情をしている
その混乱から醒めないうちに、私は彼の肩に手を置きゆっくりと視線を合わせた。
「確かに・・・今はまだ、切原君からみたら上手くもないかもしれない。切原君は1年生で抜きん出ているから、無理に足並みを揃えろ何て言わないわ。立海はどこの部も実力主義だし、むしろ実力があるのに年齢のせいで試合に出してもらえないなんて馬鹿げてる」
「せん、ぱい?」
「でも、次の立海を一緒に・・・切原君と一緒に背負っていくのは彼等でしょう?」
三強を中心とした、立海テニス部の先輩達の絆は彼に眩しく映るのだろう。
だがどんなに残酷な事であろうと、1年の年の差は埋まらない
いつか、彼等はここから去っていく
そして、次は次の世代の子達が立海テニス部を作っていく。
このままだと・・・その時、彼には一体何が残るというのだろう
私はゆっくりと、子供に言い聞かせるように言葉を選んで紡いでいった。
「言いたいこと、わかるよね?」
「・・・っス」
認めたくないのだろう
頑なに俯く彼に、無理矢理視線を合わせた
「1年生の中で切原君が1番上手いのなら、他の子を引っ張っていってあげなくちゃ」
「俺が?」
彼はまだ中学1年生だ
だけど、ただの中学1年生では無い
彼は、王者の1年生なのだ。
そして、それを選んだのは他ならぬ彼自身
ならば、覚悟は早いに越した事は無いだろう。
「うん。それでいつか、切原君にも後輩が出来るよ。その時、今の先輩---真田君とか柳君、それに仁王や丸井君がしてくれてるみたいに」
幸村君が、王者を率いるように
「切原君も仲間と一緒に、自分の後輩を大切にして・・・・自分がそう、してもらったみたいに。」
安心させる様に微笑んだが、彼はさらに俯いてしまった。
中学1年生でも、立派な男だ
涙なんて見せたくないのだろう。
「俺も、先輩達みたいに、なれますかね・・・」
「うん」
「まだ・・・間に合うと、思います?」
「ええ、勿論。だって切原君だもの」
叩いてごめんね。
そう言って少しだけ熱を持った頬に手を添えると、彼は照れくさそうに笑った
「いいっス!!こんなの、真田副部長のビンタに比べたらどうってことないっすよ!!」
「そう?ごめんね・・・部外者が偉そうな事を・・・」
「羽音先輩はいつも俺に大事なこと、教えてくれるじゃないですか。先輩、先生とか向いてるかもしれませんよ」
「学校の?それは嫌だなぁ・・・」
キーンコンカンコーン、と鳴り響いたのは学び舎特有のチャイムの音
それを聞いた私達2人は、一気に現実に引き戻された。
「切原君遅刻、じゃない・・・?」
「や、やべぇ・・・」
真田副部長のたるんどるが来る・・・
そんな、ギャグにしか聞こえないセリフを顔面蒼白にしながら言うのだから
真田君のビンタはやはり、見た目どおりの威力に違いない。
私に叩かれ、さらに真田君に制裁を喰らうなんて、ちょっと不憫すぎる。
「あ。俺、図書当番じゃないっスか!!」
「ああ、それ明日だよ」
「え」
先ほどのアレは、話しかけるためのただの口実である。
委員会を言い訳に出来ないと知った彼は、とうとう涙目になってしまった。
「ほら、早く行きな?準備もあるんでしょ?」
「っはい!!じゃあ、いってくるっス!!」
「うん、いってらっしゃい。頑張ってね!!」
ブンブンと手を振る彼に、手を振り返す。
しかし切原君を迎えに来ていた人がその光景を全て見ていたなんて
その時の私は気付きもしなかったのだ
2011.6.1