深海少女
□0.3
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コート内を踊るボール
叫ぶような声援
息を呑むようなラリーの応酬
弾むボールを追う選手達
私が渇望した場所が、ここにある
優勝は立海
閉会式でトロフィーを受け取っているのは、私にも見覚えのある先輩だった。
閉会式を見下ろせる観覧席の後ろに立っていた私は
その様子をどこかぼうっと、夢を見るように見つめていた
「テニスをやりたくなったか?」
どれぐらいそうしていたんだろう
いつの間にか、私の隣には彼がいた
「私---」
「ああ」
「私・・・テニス---やりたい」
「・・・そうか」
「だって、好きだから・・・だから---」
「そうだな」
「テニス、やりたい・・・・っ」
自分はどんな情けない顔をしていたのだろう
涙で滲む視界で霞む、微笑んだ徳川さんの顔はあまりに優しすぎる
「行くぞ」
「え---ど、どこに、ですか?」
「テニス、やりたいんだろう?」
「!!」
閉会式は仲間はいいのかと、おろおろする私を無言で引っ張っていった徳川君
どちらが当本人かわからないまま
辿りついたのは、あの日のストリートテニスコートだった。
「ラリーじゃつまらないよな。試合にするか・・・まだルールは覚えてるな?」
「は、はい!!」
「ラケット、これでいいか?」
「はい。ありがとうございます…」
久し振りに握ったラケット
グリップのざらついた感触に、止まった涙が再び溢れそうになる
「ザ・ベスト・オブ1セットマッチ」
初めての敗北は清々しく
そして---涙が出るほど悔しかった
+++++
「そうか」
「はい。今の部活…ええと、筝曲部に入っているんですけど、楽しいので。それにまだ少し・・・人前でテニスをするのは怖いから」
テニスは楽しい
今日久し振りにラケットを握って、ボールを打って、コートを走って
改めて実感した
私はテニスがとても好きだという事を
立海の女子テニス部も、男子までとはいかないが中々の成績を誇っている。
しかしテニスラケットを再び握ったと言っても、私はテニス部に入部するつもりは無かった。
少しずつ、これから少しずつゆっくりと
テニスと向き合っていけたらいいと思う
「俺とこうして、テニスをするのも怖いか?」
「そんなことはないです!!あの、本当に今日は・・・」
時間はもう夕暮れ時
試合後の疲れている身体で、しかも閉会式を放り出して
徳川君は私にもう一度テニスを与えてくれた
「本当に・・・ありがとうございました」
借りていたラケットを差し出し、腰を折ってお辞儀をする
どれだけの誠意を尽くしたとしても、この感謝を伝えるには足りない気がした。
「いや、俺も楽しかった・・・柊」
「はい?」
「またここで、テニスをしよう」
「でも、徳川君---じゃなくて徳川先輩、は受験勉強とか忙しいんじゃ…」
「受験は推薦がほぼ決まっているから、むしろ暇なぐらいだ。部の方に顔を出してもいいが…そう頻繁にOBがでしゃばるのも良くないだろう」
それと、俺は柊の先輩ではないから好きに呼べばいい。
そう言って笑ったカズヤさんの顔を、私は多分一生忘れないだろう
2011.5.27