短編
□卵狩り
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神木家/台所
「目玉焼きです」
「卵焼き、です…!これだけは、譲れません」
私の目の前には、眉間に皺を寄せた牧野さんと、宮田さん。
真夜中に、何故かこんなくだらない言い争いを、
かれこれ30分はやってる。
もうどっちだって良いよ!面倒な双子だな!
「ああ、もう、なんで卵一個しか無いんだ……じゃあ卵買ってきますから―」
─ウウウゥゥゥ
「え、なんの音?二人とも!サイレンがなってますけど火事か何かじゃ…!」
「卵焼き」
「目玉焼き」
───卵焼き、目玉焼き、卵焼k…
二人の言い争う声を聞きながら、私の意識は途絶えた。
* * *
「ぅ、うーん…………スクランブルエッグ!!」
夢の中でも牧野さんと宮田さんの卵口論は絶えず、私が間をとってスクランブルエッグに、と言った所で目が覚めた。
そうだ、スクランブルエッグにしよう。
「……あれ…ここは…?」
さっきまで我が家の台所に居たはずなのに…
いつの間にか外に居るし、目の前には、動きそうに無い古ぼけた観覧車が。
「…え、遊園地?…あ、宮田さん!牧野さん!起きて起きて!」
「う、う…ん……桜、ちゃん…?」
ゆさゆさと二人の身体を揺すれば、牧野さんが目を覚ました。
が、宮田さんはなかなか目を覚まさず。
「よし、こうなったら放置しよう」
「おーい!大丈夫か!」
少し遠くからライトの明かりと、声がした。どうやら二人組の男らしいけど逆光で見えない。
段々と二人組が近付いて来て、漸く姿がハッキリした。迷彩服来たハゲと、少し年下に見える男の子。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですよ、卵戦争勃発しちゃうよ。卵ありませんか?」
「三佐…この子、どっかに頭ぶつけたんじゃ…」
男の子は「失礼します」と私の頭を見始めるけれど、残念ながら頭打ってないしね。元からこんなだよ!
「あ、あの…ここは、何処なんでしょうか…?」
牧野さんが、おずおずと二人の自衛隊員に声を掛けた。
三佐さんと男の子、牧野さんの格好にポカン。
どうでも良いけど三佐さんて言い辛いな。
「アンタ、変わった格好だな…職業は?」
「き、求導師を、やってます…」
「求導師…?この島の人間か?」
「いえ、私たちは、羽生蛇村に…」
「羽生蛇村…!?」
ハゲさんと男の子は、ビックリした顔をした。
そのビックリした顔にビックリする牧野さん。この人の心臓は、よく27年保ってるなと、良く思う。
牧野さんの心臓に感心していると、自衛隊の男の子は、「羽生蛇村は二年前に直下型地震が起こって、土砂崩れによって今は人が住める状態じゃない」と言い出した。
「何を言ってるんですか。私たちは、今さっきまで羽生蛇村に居たんですよ」
「あ、宮田さん」
いつの間に目覚めたのか、宮田さんが明らかに不機嫌な顔で立っていた。これは、何故自分を起こしてくれなかったんだ、と言いたいんだろう。
散々揺すったわ!
そう言ってやろうとした時だった。何やら階段からワラワラと何かが上って来ているじゃないか。
良く見れば、黒い布を巻いた白くて長っ太くて、ウネウネ……ん?なんか見たことあるな。…ハッ!
「た、たらこ!海苔巻きたらこ!」
「い、活きの良いたらこっすね…」
「桜、確か卵が足りなかった筈だな」
「はい、だから宮田さんと牧野さんが馬鹿みたいな争いをしてたんじゃないですか」
「ば、ばか………」
シュンとうなだれる牧野さんを尻目に、宮田さんはドコから持ってきたのかネイルハンマーをスチャッと構えた。
「卵狩りだ」
「エェェェェ!アンタあれ食うのかよ!?」
「ていうか、たらこと卵全然違う…!いや、違う事は無いけど、もう何か、違うでしょ!」
「牧野さん、貴方もですよ。ほら」
宮田さんは牧野さんに向かってポイ、とラチェットスパナを放り投げた。
「わわわ、私もですか!?」
「当たり前でしょう。牧野さんが卵焼きだのと言わなければ、こんな事にはならなかった」
「わ、私のせいですか…!」
「そうです」
「即答…!私にだって発言の自由はあり」
「ませんよ、そんなモノ。
そこの自衛隊の方々にも手伝って貰います。俺は目玉焼きが食べたいので」
そうこう言ってる間に、宮田さんは既に何体かのたらこ(の様なもの)を確保していた。
なんて返り血の似合う男なんだ。
こうして、夜見島遊園地とやらに生息していた野生のたらこは、絶滅に至った。
朝方には香ばしい匂いが遊園地内に充満していたとか。