短編

□お前の幸せが俺の幸せ
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「ねぇー…宮田さん」

「嫌です」

「お願い!」

「お願いされても困ります」


かれこれ30分程だろうか。私と宮田さんの、このやりとりが続いているのは。
私が先程からお願いしていること。
それは無理難題なんかでは無くて、ただ、今夜行われる夏祭りに、一緒に来て欲しいと言っているだけ。

それだけなのに、この人は!私には無理難題ばかり押し付けてくるドSのくせに。


「何で嫌なんですかー!」

「何が楽しくてこの歳で祭なんかに…」

「牧野さんは毎年楽しんでるみたいですけど」

「あの人と一緒にするな」

「すみません…」

「とにかく、俺は嫌です。行きたいなら、一人でどうぞ」


そう言ってシッシッと手を動かし、私を院長室から追い出した。部屋を出る直前、呼び止められたかと思えば、「牧野さんを誘ったら殺します」と。
じゃあアンタが来いや!と思ったけれど、そんな事言ったらそれこそ殺されかねない。私はベッ、と舌を出して院長室を出た。




* * *



日も落ちて、遠くから祭で賑わう音が聞こえてきた。
今年は、宮田さんと一緒に行く予定だった。新しく浴衣を買って、一人で着付けも出来るようにしたのに。


「……ばか」


一人、鏡の前に立って、呟いた。今までで一番綺麗に着付けられた浴衣も、彼がいないんじゃ何の意味もない。


「…そろそろ、行こうか?」


そう、鏡の中の私に問い掛けて、頷いた。
俯きながら家から一歩出て、誰もいない家へ「いってきます」と言って鍵をかける。
ハァ、と溜息を吐いて後ろを向けば、家の門の所に人影が。

まさか、と思って駆け寄れば、そこに居たのは紛れもなく宮田さんだった。


「遅い」


少し不機嫌そうに言うと、スタスタと車が停めてある方へ向かって行ってしまった。私は急いで彼の後を追う。


「ま、待って下さいよ宮田さん!行かないって言ってたのになんで…!」

「行かないなんて言ってませんよ。…嫌とは言いましたが」


宮田さんは足を止めて、私が追い付くのをまってから、歩幅を合わせて歩いてくれた。
行かない、も、嫌、も同じ意味に感じるけど、彼の中では少し違うみたいだ。
まぁ、何にせよ、宮田さんと一緒にお祭りに行けるんだ。それだけで、有頂天になってしまう。




* * *



あんず飴、ソース煎餅、やきそば、射的に輪投げに金魚すくい。
お祭りと言えばコレ!というモノは、大体やり尽くした。お腹も充分に満たされて、今はベンチで休憩中。


「あー、楽しかったー!幸せです!」

「それは良かった」


子ども達が打ち上げているのか、どこかから花火の音が聞こえてくる。


「宮田さん、何で来てくれたんですか?…あんなに嫌がってたのに」

「…。仕事が」

「え?」

「仕事がたまっていたんですよ。別に行きたくなくて嫌嫌言っていたわけじゃない。」

「あ…」


仕事……そうだよね。宮田さんは、院長だから。仕事も、きっと沢山あって。
…それなのに、私は自分の事しか考えないで、しつこい程に誘って。


「…ごめん、なさい…」

「…まぁ、さっき大体の仕事を片付けたお蔭で、明日の分の仕事は無くなったんだが」


だから、明日は1日一緒に居られますよ、と宮田さん。
宮田さんの優しさとか、色んな所に感動して、私は思わず彼に抱き付いた。


「人が見ている場所でそういうのは嫌じゃなかったのか?」

「今は良いんです、特別です!」




(あれ、宮田さん、なんか表情が穏やかですね、いつもより)
(桜が楽しんでる姿を見ていると、俺も幸せになれるんです)




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