短編
□すき焼き
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「す、すみません、わざわざ、来ていただいて」
「いえ。どうしたんですか、牧野さん?」
牧野は数時間前、桜を電話で不入谷教会に呼び出していた。今、まさにこの時間に来てほしい、と。
いつも時間通りに行動する彼女は、今回も例外なく、時間通りやってきて、先ほどの会話に至る。
牧野は「どうぞ」と椅子に座るよう促して、自分もその隣に腰掛けた。
「………………。」
「………。」
沈黙が続く。
桜はどこか落ち着かない牧野をジッと見つめた。
チラッと桜の顔を見た牧野は、目が合うとビクリと身体を揺らして下を向いてしまう。
「きっ、今日は、い、いい天気、ですね」
「うーん、残念ながら曇ってますね」
今日は夜から雨みたいですよ、嫌ですね…と桜は苦笑いした。牧野はやってしまったとばかりに頭を抱える。
「あっ、の、飲み物!そうだ、飲み物持ってきます、ま、待ってて下さい」
「あ、ありがとうございます!」
いそいそと奥へ行き、缶ジュースを持ってくると、彼女に手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございますっ」
「─あ!」
瞬間、指先が触れ、牧野は缶ジュースを落としてしまった。
蓋を開けていた為、みるみる床にジュースが広がっていく。
「ま、牧野さん!服にジュースが!」
「あ、わ─っ」
桜は、すかさず持っていたハンカチを取り出し、牧野のズボンに掛かったジュースを拭き取る。
「あー、洗濯しないと染みになっちゃうかな…黒いからとは言っても─」
「桜さん!」
「え?」
しゃがんでズボンを拭く桜の手を掴み、自分も同じ目線になるようにしゃがんだ。
ジッ、と彼女の目を見る。 心臓が爆発するのではないか、音が桜に聞こえるんじゃないか、と思うほどに緊張してしまう。
「す、」
「す?」
キョトンとした表情で自分を見つめる彼女は、なんと可愛らしいんだろうか。
─牧野の頭の中は真っ白になった。
「すき、っ!」
「─っ」
「すき焼き食べませんか!」
「───す、きやき?」
「……………はい……今晩にでも……」
牧野は自分の首を絞めてやりたかった。
言ったのに。好きと伝えたと思ったのに。その瞬間、あまりの恥ずかしさに、《すき焼き》などと訂正してしまうとは。
ガックリと肩を落とす牧野を見て、桜は「喜んで」と言って立ち上がった。
それと同時に教会の扉が開く。
「宮田さん!」
「─え…!」
「どうも」
宮田は軽く会釈をすると、桜達の前まで歩いてきた。
しゃがみ込む牧野を見て、何をしてるのかと訊ねれば、何でも…と、牧野。
「宮田さん、どうしたんですか?」
「いえ、此処に桜さんが居ると聞いたので」
「私に、何かご用意でも?」
「今晩、すき焼きでも一緒にどうかと思いまして」
「すき焼き!やっぱり双子ですねっ、牧野さんもすき焼きが食べたいみたいです。」
折角だから三人で。私、買い出しとかに行ってきますね。
と桜は教会を出て行った。
その背中を見送った後、宮田は牧野に視線を向ける。
「すき焼きは、流石に無いでしょう」
「…………ど、ドコから聞いて……」
「『す、すみません、わざわざ来ていただいて』からですかね」
(さ、最初から…!!)
(牧野さんに彼女は渡しませんよ)