長編

□海送り
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蛭ノ塚/国道333号線
初日/11時59分36秒



「ハァ、ハァ……っここまで来れば、もう大丈夫…」


長く動かし続けていた足を漸く止め、私はハァー、と大きく息を吐いた。
バケモノから逃げている時に出合った、私の手を握る少女…牧野さんが、知子ちゃん、って言ってたかな。
涙を流しながらグスグスと鼻をすする知子ちゃんに、もう大丈夫だよ、と言ってあげれば、彼女もホッとしたように息を吐いた。

牧野さんがゆっくりと足を進めるので、私と知子ちゃんも、それに続く。


「…海だぁ…」

「村が……消えてる…!」


道の先──村があった筈のそこには、赤い海が覆い尽くしていて、村なんか初めから存在しなかったかの様になっている。
竹内先生達と居た時にも見た光景だけれど、未だにこの状況が信じられない。


「求導師様、お姉ちゃん、あれ…!」

「え…?」

「…!」


知子ちゃんが指差す方を見れば、バケモノ達が海へと向かっている姿が。
そして、それと同時に、どこからか聞こえてくる耳障りなサイレンの音。


「この音怖い…!何かの鳴き声みたい…!私達、どうなっちゃうの…?」


知子ちゃんは、音を遮るように耳を塞いだ。
私も同じ様に耳を塞ぎながら、海へと向かう異形の者達を見つめる。
この光景…まるで小さい頃お婆ちゃんから聞いた《海送り》の様。


「…とりあえず、ここを離れよう…」

「そうですね…ここも安全ではないですし…」


私は知子ちゃんの手を引いて、少し先を歩く牧野さんに付いて行った。




* * *



「─待って!」


道を進んで行くと、突然胸騒ぎがした。
そういえば、さっきから全く視界を見てなかったっけ。
そう思って意識を集中させ目を閉じれば、…やはり。

少し先にある階段の上。猟銃を持ったバケモノが一人。
それから、もう少し進んだ所にあるらしい鳥居の近くにも。
それを牧野さんに伝えれば、彼はあわあわと慌てだした。


「ど、どうすれば…こっちは、武器なんて何も…」

「武器を持っていたとしても、飛び道具じゃない限り応戦は難しいですよ。
一応、私が銃を持ってますけど、弾数が少ないので…」


うーん、と腕を組んで作戦を考える。陽動も考えたけれど、地形的に不可能だ。


「…走り抜けるしか、ないのかな…?」


知子ちゃんが言う。…うん、それしかない。走り抜けてしまえば、きっと当たらない。
私はギュッと拳を握りしめた。


「牧野さん、走りましょう。まずは私から、行きますから。」


バケモノの視界にギリギリ入らない位置に移動して、助走を付けるためにニ歩、三歩、と後ろへ。


「─っ」


ダダッと走り抜ければ、パァンと発砲音が。撃った弾は、私にはかすりもしなかった。
目を閉じてソイツの視界を見れば、荒い息をして私が通った階段下を見つめている。
けれど、こちらへ降りて来る様子は無い。

続いて牧野さん、知子ちゃんと走って来たけれど、皆、無傷。

次の鳥居近くにある階段の上にも狙撃手がいたけれど、パトカーの前まで走ってしまえば大丈夫だった。


「桜ちゃん、知子ちゃん、怪我は…無いかい?」

「大丈夫です、求導師様」

「私も大丈夫です。…牧野さんは?」

「私も、大丈夫…。…良かった…」


三人でハァーッ、と肩をなで下ろし、また慎重に先へと進んで行った。




-続-



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