長編

□0705
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大分気持ちも落ち着いてき所で、そろそろ移動を開始しようという事になり、牧野さんは立ち上がった。
私も立ち上がろうと膝を立てた瞬間。


「いっ…!」


右足首に、ズキンと痛みが走る。
逃げてきた時に、挫いてしまったんだ…。…今まで全く気付かなかった。
何か、湿布的な物は無いだろうか。辺りを見渡すけど、そう都合よく救急箱なんて、あるわけがない。



「タオルか何か、持っていないかな…?」

「タオル…」


牧野さんは、改めて私を床に座らせると、そう聞いてきた。
…ああ、そういえば、持ってる。少し大きめのタオルを。

私はいそいそとソレを取り出すと、牧野さんに渡した。
タオルを受け取った彼は、私の近くにあった冷凍庫のプラグを差し込み、
タオルを水で濡らし始める。


「─ひっ…!」


─水道から出る水は、やはり血のように赤かった。
牧野さんはビクビクしながらもタオルを水で濡らし、ギュッと絞った。


「これを、そこに入れて冷やそう。患部に当てれば…」


そう言って、冷凍庫を開けた。と、同時に牧野さんの「うっ」という呻き声。
彼は眉間に皺を寄せ、鼻を摘んでいる。
……想像したくないけど、まぁ、腐った食材があったんだろうなぁ…。









─それからしばらく、沈黙が続いた。
久しぶりに会ったんだから、何か話そうと思えば話題なんていくらでもあるハズなのに…
なんだか、ワイワイと盛り上がって会話をする雰囲気でもない。

どうしようか、と思って周囲を見渡す。


「ん…?」


カウンターに置いてある新聞の様な物が、目に入った。
私は足を引きずりながら移動してソレを取り、床に広げた。


「それは…?」

「羽生蛇村役場報…って書いてありますね…」

「…昭和51年、7月、発行…」

「……27年前の、広報…、…今は存在していない筈の土地…。…一体、どういう…─えっ!?」


突然牧野さんが立ち上がって、私の腕をつかんだ。


「来る…!」

「えっ…!」


半ば強引に腕を引っ張られ、食堂の裏口から飛び出した。
左に行くと、何やらボソボソと声が聞こえる。

そっと覗けば、そこには草を刈っているバケモノの姿。
コイツらも、人間と同じ様に生活をしているんだ。
……元は、人間、なんだよね、コイツらも。私も、牧野さんも、皆こんな姿になってしまうんだろうか…

そう考えると、ゾッとした。


「─しゃ…しゃがんで行こう…向こう側にも、居るみたいだから……」

「はい…!」


音を立てないように。見つからないように。なるべく小さくなって少しずつ前に進んだ。

もう大丈夫だろう、というところまで来ると、急いで真っ直ぐに走った。




─カン!カン!


上の方から、何か打ち付ける音がする。
慌てて近場のバケモノの視界をジャックする。


「───!」


すぐ、上に、一体。
辛うじて今居る場所は視覚に入っていないみたいだ。
周りを見回すと、右斜め正面に家の扉が見えた。
なんだか申し訳ない気もするけど、少し、お邪魔させてもらおう。

バケモノが再度、壁を打ち付けるタイミングを見て、私達は石川さんという人の家にお邪魔した。


「お邪魔します…」


痛む右足首を庇いながら、部屋に入る。
少し狭めな部屋の中には、掛け軸と…ラジオ。目立ったものはそれくらいだ。


「桜ちゃん…」

「はい?」

「足、大丈夫かと思って…。すみません、痛いのに、走らせちゃって…」


心配そうに私の右足首を見る牧野さん。
痛くなかったわけじゃないけど、あそこで逃げていなかったら、痛いじゃすまなかったかもしれない。だから、全然気にしてなんかいなかった。

そう、牧野さんに伝えると、少し安心したように「良かった」と笑った。


「それにしても…この家、包丁も何も無いみたいですね。武器になる物が手に入れば…」


恐らくバケモノ達が持ち出したんだろう。包丁は、一本も無かった。
どうしたものかと悩んでいると、牧野さんが「あ」と呟いた。


「外の倉庫…ダイヤル式の鍵が掛かってたけど、何か役に立つような物があるんじゃないかな…?」


「なるほど!じゃあ番号が分かれば─」

「……0705」

「へ?」

「この家へ来るとき、向かいの理髪店の壁に、書かれてた番号なんです」


その番号とは限らないけど、と付け足す。
0705……うん、やってみなければ分からないよね。
行動しなければ何も変わらない。
逆に、行動すれば、何かが変わるはずだ。
私は目を閉じて、意識を集中させる。
壁を打ち付けていたバケモノの視界をジャック。


「…倉庫の前は、丁度アイツの視界に入っちゃいますね…
とりあえず、タイミングを見てやってみます」


私は立ち上がって倉庫へと向かう。後ろから「あ……」と声が聞こえたけど、失礼な話し、私が行った方が安心出来る。
構わず倉庫に向かった。







-続-



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