風花は雪の夜に

□死ぬ
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「――――諱を握りてここに留めん。仮名を以て我が僕とす」

きりきりと空気が踊る。風がぶつかり、捲し立てているようだ…。

「名は訓いて、器は音に。我が命にて神器となさん――――」

抗うすべも知らない俺は只、自身の言葉を絡め取られてしまったように押し黙る。

「名は風(かざ)、器は風(ふう)――――」

身体が、巻き上げられていく―――!!

「来い!風器(ふうき)!!」

自我というものは既に無く、手足から何から何まで全て軽い。

高く、と思えば高く上る。取り囲んでいた目玉の群れが広がる眼下を見下ろした時、頭の中に流れ込んできた。

――――斬り裂け―――!!

その言葉に俺は急降下して獲物を狩る。
鋭い鈎爪は目玉を潰し、嘴から嘶く声は闇を消し飛ばした。
泥々としたモノが、捕まえようかとするように手の様なものを俺に伸ばす。
それを横目に旋回して躱す。
羽ばたいた翼の風は悪臭を吹き飛ばしていき、――――――気が付いた時には、辺りは静けさを取り戻し、すっかり陽も暮れていた。

夕闇の向こうに眩しい光が見える。
点滅する色彩が、目眩がするほど鮮明だった。

そして、上空で旋回するそれを、雪音は目をきらきらとさせて仰ぎ見て言った。

「!…っ、カッケェ〜!!」

また眼下から声。それは明らかに歓声で、たぶん好意的な雰囲気だったろう。

「夜ト、あれ何?鳥?!何て鳥?!」

一気にはしゃぎ始めた連れの方に一瞥を寄越す。五月蝿いのはあまり好きじゃないからだ。

「鷹、だ。フッフ〜ン、どうだ!さすが崇高な神であるこの夜ト様の神器だ。スッゲ〜だろぉ!」

本人が一番ビックリしていそうな感じだったが、そこはそっと見て見ぬ振りをするのが最近の雪音の処世術だった。

「なぁ、それにしても、降りて来ないけどどうしたんだろうな?」
「う〜ん。お〜い、風器〜!降りて来〜い!」
「ぁ、もしかして降りて来られねぇんじゃねぇの?降りる場所が分からない、とか」

雪音の言葉に、夜トの頭の上に、ピコーンと電気が灯る(いや、実際は何もないのだが)。

いそいそと夜トはジャージの上を脱ぎ、片腕にぐるぐると巻きつけて空の上に伸ばすように見せた。この腕に止まれ、と言うつもりだろう。

「風器!!」

フワリと舞い降りながら見た、腕をかざす夜トの誇らしげな顔が、段々と単なるドヤ顔のそれで、途端に方向を変えてすぐ傍にあるちょうどいい太さの木の枝に降り立った。
その瞬間、なにやら血反吐を吐くような物音がしたが、きっと気のせいだろう。そう思うことにした。

降りる感覚は足で、というより爪先で噛むような。背伸びしようとした腕は大きく背丈以上に伸びた。

「すげ〜…」

目を丸くして見上げる雪音を憮然と見下ろしていると、よろよろとした足取りで夜トが近付いて呟いた。

「…ふ、風器、後で覚えとけよ」

ギラリと光った瞳に一瞬悪寒が走った。
そして、夜トが雪音の肩をぽんと叩く。

「コイツは雪音。お前の先輩だから、仲良くしろよ」
「仲良くって、夜ト!こいつの名前は?」
「…名は、風。呼び名は――――風音(かざね)だ」

風音、と呼ばれた刹那、ずる、と体勢を崩し、急に重たくなった体の、背中や腕や、至る所が悲鳴を上げた。今まで居た枝は頭上にある。つまりは、木から落ちた、という事だ。

「ぃっ…てぇ〜…」
「プ、いい気味」

口元を押さえて笑いを堪えるこいつは、きっと当て付けだろう。

「さっきも言ったが…、俺は夜ト。お前の主だ」
「…主、だと……?」
「彼岸より召し上げしお前を神器とする。眷族よりも傍に、永く請い従うことを許す」

真面目ぶった顔が白々しい。などと思っていた矢先、自分が酷く時代錯誤な格好をしている事に今更ながら気が付いた。



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