短編・番外編
□チェリーパイ
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ここは正十字学園 メフィストの部屋。
日曜日なので学園も塾もお休みの日。
綾はアマイモンと理事長室でお留守番 ――――― 。
初対面の印象は最悪だったものの、その後メフィストのフォローもあって少しずつ打ち解け、…というか、アマイモンが…
「ごめんなさい。許してください」
と言って、綾の目の前で土下座したのだ。
普通に考えてありえない。
絶対にありえない。
あの地の王アマイモンが人間の少女に膝をついて額づいたなんて、考えられない。
…のだが、実はメフィストの入れ知恵だったりする ――――― 。
『アマイモンよ…。この間の綾にした事は少しやり過ぎだ』
『どうしてですか?僕は兄上の言う通りにしました』
『どこがだ?綾の貞操観念が前よりも強くなったじゃないか』
『それはつまらないです』
『いや、お前は楽しくなくてもいいんだ』
『どうしてですか?』
『…ハァ…とにかくだ、綾に謝れ!!』
『謝る?僕が?』
『…土下座だ』
『何ですかそれは?』
『日本の伝統的な一発芸だよ☆』
『イッパツゲイ?』
『今後も仲良くしたい時に使う儀式だ☆』
『仲良く…』
…という事で、事に至ったのである。
しかし、実際に土下座された綾はとにかく困った。
ただでさえお人好しの綾である。
土下座なんて産まれて初めて見たもので、
『もう、もういいですから、許しますから、顔を上げて下さいっ!!』
などと、あっさり許してしまった。
レイプ未遂をしたアマイモンはそんな言葉を聞いて嬉々として綾といい気になって今日に至る。
そして今日はというと、元々はファウストが…
「スイーツ持参で理事長に来てください。」
…というから来たのだけど、来てみればファウストは留守で、アマイモンがソファーで寝そべりながら日本の旅行雑誌を読んでいた。
「アモンさん、理事長はお出掛けですか?」
土下座事件以来、綾はアマイモンをアモンと呼んでいた。
「兄上はメッフィーランドにいます」
「メッフィーランド?」
「地震で倒壊した場所の修復の打ち合わせだそうです」
「修復…ですか…」
「綾…、お腹が空きましたね」
「チェリーパイを焼いてきたので、良かったら先に食べましょうか?」
「…美味しそうですね。」
アマイモンに 無表情のまま じとっと凝視され 綾は咀嚼も程々に飲み込んでしまった。
「アモンさんも食べますか?」
「いえ。今はまだ見ています。」
「そぅですか…?」
チェリーパイにかぶり付いた拍子に、真っ赤なソースがはみ出して唇から垂れそうになった。
綾は舌で舐めとろうとしたときにアマイモンに両手で顔を押さえ付けられた
「え?」
「では、頂きます♪」
「えっ?えっ?」
「赤くて美味しそうなソースが付いてます。とても美味しそう」
「ふ、拭きますから!」
綾は慌てふためいて言った。
「僕が綺麗にしてあげます」
アマイモンは嬉しそうに赤面してあたふたする綾の汚れた口元に唇を近づける。
あと数センチ…
その時、綾の口が真っ白な布ナフキンで押さえ付けられた。
「口の周りを汚して…。はしたないですよ、綾さん☆」
メフィストが後ろから綾の口許を押さえつけている。
「!むむむ〜〜(理事長!)!」
「あ〜惜しい」
「アマイモン、お前もか」
「兄上、食べ物は大切にしなくては」
「綾は食べ物ではないよ」
「早くしないと褪めてしまいますよ」
「あ!!お茶、淹れ直してきますね!!」
メフィストの腕から開放された綾がティーポットを抱えて部屋から出て行った。
それを見届けると、アマイモンは背を向けたまま、静かに口を開く。
「綾の気持ちが褪めたら僕が貰います」
「……」
「僕のです」
「アマイモン…アレは私のモノだ。誰にも渡すつもりはない」
「でも昔の記憶はないじゃないですか。僕にもチャンスはありますよね♪」
「…お前…」
アマイモンは無邪気に、新しいお茶の入ったティーポットを運ぶ綾の元に歩み寄っていく。
それを僅かに苦々しく見つめるメフィストだったが、実際の自分の表情が微笑んでいることには、綾の影にいる者達しか気がつかなかった ―――――― 。
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