短編・番外編
□正十字学園物語 4
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「―――私は彼らに商売をさせるために実習室の使用を許可したわけではないのですよ」
「はぁ…、でも」
「だいたい、彼らは理解していない」
「何をですか?」
「五千円札とかつまらないじゃないですか…二千円札のほうが面白いです」
「…………(燐君に今度ご飯食べに来ないか聞いてみようかな…)」
「ですがあのミソスープ、出汁といい味噌の配分といい、茗荷の香りといい…美味でしたね」
その味を思い出すように目を細めるメフィストの言葉に、綾も思わずウットリと料理上手な燐の手料理の味を想像して、ときめきに胸を押さえる様に、手を胸に当てた。
「あぁ〜…、いいなぁ…!私も奥村屋のランチ、食べてみたかったなぁ……」
今では幻となってしまった調理実習室の定食屋に思いを馳せる愛して已まない少女のその言葉に、メフィストは落雷にあったような衝撃を受けて暫し硬直した……。
「……食べてみたい、ですか…?」
恐る恐るという感じに尋ねたメフィストに、満面の笑みで…
「はい!理事長と一緒に、食べに行きたいです!!」
そう答えが返ってきた次の瞬間、メフィストの手にはメフィストピンクなる色をした携帯電話が、通話中の電子音を発していた。
………
『…はい、奥村です』
「こんにちわ。突然ですが、以前実習室でやっていた『奥村屋』を、是非またやっていただきたいと思いまして」
電話越しに、…ハ?、という理解不能の心境であろう雪男の声が聞こえる。
その場にいた『事の発端』である張本人の彼女も、驚いた顔をしてメフィストを見つめた。
「っ、理事長?」
「もちろん期間限定でかまいません。…えぇ、では宜しく」
ぷつりと受話を切ったメフィストが満足そうな笑みで、抱き寄せるようにして愛しい存在の髪を撫でる。
「ぇ…、えぇと…?」
「…約束、ですよ?」
「理事長…」
「行ける日が楽しみです☆」
そう言ってウィンクして見せたメフィストに、妙な冷や汗が額に浮かんでしまったことは誰にも言えない秘密である。
一方その頃、要求…というよりも命令を受けた奥村雪男は、眉間にしわを寄せつつ、苦悩していた。
「…ハァァァ…なんなんだ一体…」
「雪男?何だ、何かあったか?」
「兄さん…。ハァァ…フェレス卿が『奥村屋』をまたやれってさ」
「うおぉぉぉ?!マジで?!やったぁ!!」
「……(…いや、何か裏があるんじゃ…)」
嫌な予感を募らせる雪男と、素直に喜んでいる燐の声は、二人の他には誰もいない旧男子寮の塔内に、ジトリと、嬉々として響いていた――――。
…続く。