短編・番外編


□正十字学園物語 外伝
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崩壊した、かつては旅行客などで賑わっていたであろう町が、地べたを這いつくばっている紙のような瓦礫のような物体が、ギチギチとうめき声を上げてこちらを威嚇している。
だがその様は怯えた野良犬のように、綾の目には映った。

そして、綾の足は前に進むのを、致死節を唱えるのをためらう…。

殲滅するより、救えるものなら救いたい。
助ける事が可能なら、手を貸したい…。そう思う事は、祓魔師としては付け入られるのが目に見えている。

実際、これまでも任務の度に綾の不用意な慈悲の所為で自分の中に祓魔対象の悪魔をとり込み、自分の身を削るような形で浄化するものの、その後昏倒して数日意識が戻らなくなるなど、自業自得もはなはだしい、はた迷惑な結果になっていた。

その所為で、祓魔塾で勉学を共にした燐をはじめとした仲間達が次々に昇級していく中、綾はと言えばその能力を認められつつも、なかなか進歩が見られずに、いつの間にか一人取り残されているという始末だった。

しかし歩みは遅くとも、他の仲間たちとは差はあるものの、どうにか下一級までの資格を得ることができ、今のこの状況に至る。

奥村雪男と勝呂竜士が、それぞれ別の物陰から今回の標的であるソレとの距離を見計らっている。
的の欲するモノは餌。
その餌は、綾だ。

ジリと近づく綾の距離が一定の範囲に達した時、引き鉄がひかれる。

綾に異議を唱える隙は与えられなかった。
作戦を指揮する者に低級の自分の感情は不要だ。
しかし…
いざ目標を目の前にすると、ソレの情念が止めどなく流れ込んでくる…。

クルシイ
カナシイ
ツライ
オノレ
ナゼ
ナゼ
ナゼ…!!!
ダレモ
イナイ


黒煙の塊のような腐臭をまとった想い…。
それに包まれた綾はあと一歩を踏み出せないでいた。
そして、来ないで欲しいと願う。
何故なら殺してしまうから。また奪ってしまうから。奪われてしまうから…。無かった事にしてしまうから…。

そんなの悲しい。そんな切ないのは嫌だ…!

「…もう、大丈夫…。恐くないよ…」

ポツリと呟いた綾のその小さな声に、すでに悪魔の力を覚醒させた雪男がギクリと目をむいて綾が次にしようとする行動を制止しようとする視線を送り、そしてそれが瞬間的に無駄であり、手遅れだと悟って奥歯を噛み締め、勝呂もまた、諦めたように深い溜め息をついたのだった…。






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