陽射

□陽射 《餌》
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パン!と洗濯済みのブラウスの皺を伸ばし、ハンガーにかける。
そしてカゴから次々に取り出しては手際よく干していく。
鼻歌を歌いながら手を動かすマリを、どこかの主婦みたいだ…、と思いながらアスモデウスはウッドデッキの隅で眺めていた。

自分で執事になったと宣言したものの、実際は人間の生活一般を経験したことがないので、マリの行動を見て目下、勉強中なのである。

「──…はい。お洗濯はこんな感じです。次は朝ご飯を作ります。アッシュは、好き嫌いはある?」

カゴを抱えてリビングに戻りながら聞いてきたマリに、人間のようなは食事をしないから、解からない、と後をついて歩きながら答えた。

「お腹空いたりしないの?」

マリの素朴な疑問に、アスモデウスは嬉しそうな笑顔で答える。

「マリと居るから大丈夫。」
「っ……それって…どういう意味…?」

ちょっとだけ変な汗が出たマリだった。


マリは朝食とお弁当を作り始める。

茹でる物、焼く物、和える物、フライパンや鍋を交互に操るマリを、アスモデウスは一歩下がって見下ろす様な格好で記憶していく。

「マリは毎日こんな事をしてるの?」
「そうだよ。人間はちゃんと栄養のある食事を取らないと病気になったりしちゃうから、とても大切なんだよ。」
「栄養…。病気…?」

覚えようとしているアスモデウスの様子が健気に見えて、マリは自然と微笑んでいた。

「マリは今日も綺麗だね」

突然さらっと言われ、頭を撫でてきたアスモデウスの言葉に、マリは素直に動揺した。

「!!は…恥かしい事を、言わないでください…!!」
「本当だから、仕方ないよ。」

眼差しが優しい。
アスモデウスの目には、今でもかつての思い人のサラを自分と重ねて見ているのかと思うと、マリはほんの少しだけ、切ない気持ちになった。


鍋がくつくつと音をたてている。
マリが慌てて火を止めた。

「(ふぅ、なんだか疲れたかも。)」

小さく息を吐きながら、キッチンの窓から見える森の木々が揺れているのを、マリはボンヤリと眺めていた。

その時───、

『あ゙ァァ〜!!』

突然、足下に柔らかい感触とマリには耳慣れた鳴き声を聞いた。

「おはよう!またご飯食べに来たの?」
「あ゙ァ〜!」

ソレは返事をした。

アスモデウスが見下ろしながら言う。

「鳴き方が下手だな。」
「あ゙ァ?!」
「まぁまぁ二人共、仲良くね。」

意思の疎通が出来ている二人(?)にマリは笑いながら言った。

また妙な鳴き声で、返事をしたソレは尻尾をバタバタさせてマリの動きを目で追いかけていた。
そして、マリの用意した皿の上にある野菜以外の物を平らげ、あ゙ァ〜!と満足そうに鳴いてあっという間に勝手口から出て行った。

マリはニコニコと見送りながら食器を片付けていく。
食器を洗うマリの隣でアスモデウスが問いかけた。

「マリ、さっきのは何?」
「何って…ぅん〜、何だろう?動物?」
「いつから来てるの?」
「ここに来て直ぐだったかな。」

マリは着替えるために寝室に移動する。

「いつも朝食の時に遊びに来るの。」
「ふぅん…。」

クローゼットから制服のブラウスを取り出す。

「初めは猫かなぁ、と思ったけど顔が細長いし、鳴き声も変わってるでしょ?何だか解らないけど、可愛いし、一緒に食べてくれるから、つい嬉しくて…。フフ…」
「…フェレス卿は知ってるの?」
「どうして理事長さん?知らないと思うよ、言ってないし…。」

「ところで、マリ…。朝から大胆だね…。」
「ん?」

振り向くと、腕組みをしたアスモデウスが開けたままのドアの所に寄りかかり、優しげに微笑みながらマリを見ていた。

「マリがその気なら…、僕はいつでもOKだよ。」
「え…?」

アスモデウスはマリの露になった胸の膨らみや括れた腰のラインに視線を這わせる。


そのまとわりつく様な視線にようやく気が付いたマリが、ベッドのシーツで身体を素早く隠すと真っ赤なりながら叫んだ。


「!!っ〜〜…出て行ってください…っ!!」
「黙っていれば良かったかな。」
「ッ…怒りますよ?!」


―――もう間もなく登校時間が迫っていた。




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