陽射

□陽射 《羨望》
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全身が、まるで鉛のような感覚だった。少しも力が入らない。
どうにか目を開くと、そこは自分の部屋だった。
 
ベッドに体を横たえ、薄笑いで見下ろしているメフィストをマリは認め、何があったのかと聞こうとして発した声が酷く掠れていることに狼狽えた。

「おやおや、どうやら喉が渇いているようですね…。何かお飲みになりますか?私オススメの期間限定ジュースがありますよ。」
「……。」

メフィストの明るい声が部屋に満ちる。けれど、努めてそう振る舞っているのを悟ったマリが唇を軽く噛んで息を詰めた。

「っ…理事長さん…、もう本当の事を教えて下さい…。私は大丈夫ですから。」

マリの焦りの色を察したメフィストが、諭すように囁く。

「……貴女(・・)は何もしていません。」
「はぐらかさないで下さい……っ!」

マリはやっとの思いで体を起こし、緩く微笑んでいるメフィストを睨むように見て口を開いた。

「…私は…一体何なんですか?」

ほんの少し血の気の引いたマリの額にかかった髪をよけながら、メフィストはその瞳から逃げるように数歩離れ溜め息を吐いた。

「知らない方が幸せかもしれませんよ?貴女の事は、我々正十字騎士団が対処すると」
「私は…っ、……自分の事なのに、私の知らない所でどうにかなっているのが幸せですか…?!…──こんなに不安で、怖ろしいのは…もうたくさんです……ッ!!」

マリの声は掠れ、体は小刻みに震えている。
メフィストはその痛々しい悲痛な叫びに目を伏せ、か細いマリの手に触れたい衝動を壊すように妖しげな笑みを浮かべた。

「…貴女の中には、ある悪魔が存在する。」
「っ…!?」
「……虚無界(ゲヘナ)の王であるサタンの娘“リリム”。」

続けざまに告げられた言葉を必死に理解しようとして、マリは目が回りそうな妙な感覚だった。

「……今のところ、6割方でしょうかね。覚醒が近付いている…。」
「そんな…っ、何故そんな事が…、」
「何故そんな事が分かるのかって?我々が何者なのか、ここが一体どういう施設かお忘れですかな、妙寺マリさん。───正十字騎士団…祓魔師の本部ですよ?“悪魔払い”を生業とした、プロの集まる場所です。」
「!!」

連なる言葉に畏縮するマリに、メフィストは愉快そうにくつりと嗤いかけ指先をその胸元に突きつけた。

「!?」
「貴女の中を探らせていただきました。成る程、(おぞ)ましいものだ…。貴女の体は“悪魔の巣窟”、悪魔達にとっては恰好の入れ物ですよ。」

そして、離れていったメフィストの指先の残像が、妙な痺れをおこす。その酔ったような朦朧とする意識のままマリは無意識にメフィストの腕にすがり付いた瞬間、メフィストはマリの手を跳ね除けて距離を置いた。

「っ〜〜…、」

メフィストはマリを見ない。
顔を背けるその姿にマリは酷く打ちのめされた気分で、込み上げそうになる涙を息と一緒に飲み込んだ。

「…私の中にいるのが“サタンの娘”だと、何故言えるんですか……?」

震える声で、必死に堪えるマリの言葉にメフィストは可笑しそうに振り向き、芝居のようにお道化て両腕を広げた。

「貴女の中に入りたがっているヤツがいましてね、そいつを使って探らせたんですよ☆」

一瞬、何を言われたのか理解できず、マリは茫然とメフィストを見つめ返し、掠れた声を出した。




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