陽射

□陽射 《斑》
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メフィストの鍵で開けた扉を抜けると、そこはシンプルな内装の、玄関らしき場所に出た。

木製の小さな靴箱。
入ってすぐ見えるリビングは一人用のソファと、小さなテーブル。そして大きな出窓があった。
カーテンで仕切られたキッチンには、小さめのシステムキッチン。調理道具一式、食器棚には一通りの食器類。
一人暮らしには充分の冷蔵庫。
しかしダイニングテーブルだけは若干大きい。
バスルームには何故か猫脚の白いバスタブ。2畳ほどの脱衣室に洗濯機。
小さな窓にはすっかり色褪せたレースのカーテンが掛かっている。

奥の部屋は寝室で、木製の机、本棚、木枠のスプリングベッドがあり、すべてに埃避けの白い布がかけられている。
壁の一部が、白い扉のクローゼットになっていた。
どの場所も床は板張り、壁はどこもラベンダー色だった―――。

そして、いつの間に運んだのか、無造作に置かれたマリの荷物。荷物といっても、ボストンバックが一つだけなのだけど。

それを淡々と説明して周るメフィストに、途方に暮れた目で黙っているマリにくるりと振り向いた。

「マリさんには今日から、この家から学園へ通っていただきます。―――広さはありますが、随分使われてなかったので不便かもしれないですが…まぁ大丈夫でしょう。強いて言うなら…、内装が気に入らない事ですねぇ。私だったらもっと昭和初期の……」

メフィストは芝居じみた動きで両手を広げ、明後日の方向を向いて言った。

「……。」

それをマリは黙ったまま、おもむろに荷解きを始めた。

「あの奥村兄弟と一緒でも…と思ったんですが、彼らには学園内にある別の寮に入ってもらいました、念のため。」
「……。」

意味深に笑みを含み、そう言ったメフィストがごそごそと動き始めたマリの様子を観察しつつ、持参したタオルを濡らし雑巾がけを始めているその姿を目で追いながら言葉を続けた。

「……修道院で育った貴女にとって、一人は寂しいかもしれませんねぇ。特に、“ここ”は…。」

黙々と手を動かすマリは、出窓の外を見ながらまたニヤニヤと笑っているメフィストのことは全く意識の外に追いやっていた。



確かにここには、自分とメフィスト以外には誰もいない。
裏庭で鳴き方が少し可笑しい鳥が鳴いているだけだ。

「では、一人寂しいマリさんの為に、時々は私も遊びに来」
「一人で大丈夫です。」

マリは背を向けたまま、メフィストの提案をキッパリお断りした。

その冷たい言葉に音もなく近付きマリの耳元で囁いた。

「…塾で、貴女の膝に乗っていたことを根に持っているんですか?」

ぼんっ、と爆発音がしそうな程にマリは一瞬で赤く染まった。

「!…ちっ、ちち違いますっ…!!一人で頑張らなくちゃ!…と、思ってるだけです!」

雑巾を握り締め、わなわなと震えるマリを見ながら、メフィストは愉しそうに顔を歪ませている。
思わずそんなメフィストの表情に悔しそうに口を窄め、ムッと顔を背けたマリが数時間前の祓魔塾での出来事を思い出してまた頬を赤らめた。

マリは、女子修道院の育ちだ。ただ会話をするというだけなら問題ないが、直接触れたりするような距離感に免疫はない。
ましてや、膝の上に乗せるなどという事はありえない事だ。それが例え、犬の姿になっていたとしても…。

「(ッ〜〜…私、絶対からかわれてる…!)」

自覚すればするほど、恥ずかしさと居た堪れなさでクラクラしそうになるマリを察したメフィストが可笑しそうにふと鼻で笑った。

「…では、私はこれで失礼します。こんな日も暮れた時間に引越しをすることになって申し訳ありませんでした。」
「!っあ、いいえ…そんな事は…っ、」

マリはハッと顔を上げ、仮にもお世話になっている人に対する態度じゃなかった、と今更ながらに申し訳なく慌て顔を蒼褪めさせながら、玄関の扉に手を掛けたメフィストを追いかけた。その瞬間、あぁ…!と遮るように声を上げたそれが、それ以上近付くなとでもいうように手を翳し、パチリとウィンクをして見せた。

「…これは、私からの引っ越し祝いです。」

コト…と置いたそれは、マリからは何故か見えなかった。





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