ループ


□序章
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数ヵ月前 ―――――― 。



「…そこの娘さん…悪いが、給仕をやってくれないか…。俺は少し前から足が悪く、この調理場から出られない。茶や食い物は俺が作るから、運ぶだけ手伝ってくれないか…?」



物心付いた頃から、頼まれると断れない性質だった…。


そして私は、正直、渋々…という感じで店主の頼みを引き受けた。


軽い気持ちで係わった手伝いだったが、予想以上に大変だった。


私は裏口から店に入ると、無造作に置かれた白い前掛けを着けて、次々に出されるお茶や料理を忙しなく、ひたすら運び、お客の注文を聞き、それを店主に伝え、運び、とにかく頑張った ―――――― 。




「…ふぁ〜〜…疲れたぁ……」


「ご苦労さん…お陰で助かった…。これは礼だ…」


そう言って、調理場から店主が何かを台に置いた。


私は目を丸くした。


なんとそこには、小判が4枚もあったのだ…。


「ッ…そんな…!要りませんよ!!」

「そんな事言わないでおくれ…。本当に嬉しかったんだ…。…少し前には女房がいたが、どういうわけか前掛けを置いて居なくなっちまって…。客はいきり立つし俺は足が動かねぇし…、どうにも困ったところに、娘さんが居てくれた。…ありがとう…」


「いいえ…。私でお役に立てるなら、嬉しいです」

「あんたは、いい娘さんだ……」





結局、放っておけなくなってしまい、未だにこの店で『手伝い』をしている。

それから店主とは、一度も顔を合わせたことはない。


足が動かないという店主は、店を閉めた後も、眠る時も、調理場に篭っていた。


その事を奇妙に思ったりしていたが、人それぞれ、事情があるんだろうと気にしない事にも慣れてきていた。


店主の寝床は店の調理場、転がり込んだ私は、店主が以前に奥方と住んでいた平屋を借り、私はそこで寝起きしていた。





「じゃあ、住まいは別で?」

「…やっぱり、見ず知らずの男の人と一つ屋根の下…っていうのは抵抗ありますし…」


「あぁ…成程…」


ニヤリと哂う薬売りの表情に、色々と見透かされたようで無性に腹が立った。


「ちょっと…薬売りさん?!」

「いやいや…なんでも…」



私は頬に熱がはしっていくのを感じながら、ふん…と横を向く。



「…だから、私はただ運ぶだけ。店に来るお客さんに運ぶだけです」


「店主に会ったことがないと…言っていましたね」

「えぇ…。足が悪いんだそうですよ」

「しかし、一度もない、というのも…妙な話でしょう?」

「…確かに…そうですけど…」


私は、店の奥にチラリと目を向ける。



そういえば、こんな時、店主は調理場に篭って何をしているんだろう?

調理場は、恐らくそんなに広いわけでもないと思う。



「店に来た客に、何か気になる事は…」


「お客さん……?」


あぁ…そういえば……。


「別に大した事じゃないですけど……。皆さん、ウチの店主の出す水をとても喜んでくれますよ。何の果実を絞ったのかと訊かれます」


「果実…ねぇ…。あんたも…飲んだのか…?」


「いいえ…。その頃には、私の分はもう無いんですよ。ここまで歩いて来た人達に出す物ですからね。本当は飲んでみたいけど…」


「飲んだ客に…、何か、変わったことは…?」


「えぇ〜…?そんな事訊かれても…。――――― そうですねぇ…皆さん、清々しい顔で歩いていかれますよ。疲れなんて本当に吹き飛ばしちゃうみたいです」


歓喜するように笑い、自分の事の様に言う私を見る薬売りの視線は、秋の夜風のように冷ややかだった……。







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