群青の

□空白の亡霊
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善と悪の世紀の戦いから一夜明けた朝、千影は女性警官に通された部屋で待っていると、何度も顔を合わせた男がドアを中途半端に開けたままやって来て、机を挟んで千影の前に座った。

「おはよう、鏡千影さん。昨夜は眠れたかい?」
「おはようございます…塚内さん…。」

昨夜、は…と呟く千影の少し赤く擦れたような目元を察した塚内は少し微笑み、軽く手を組んだ。

「…君の家のある神野区だが、ちょうど場所が避難区域という事で、お母さんにはちゃんと避難してもらっていたから無事だよ。安心して欲しい。」
「!…本当に……?」
「…ただ、建物は…」

そこから先の塚内の言葉は聞かなくても勿論理解していた。あれほどの敵との戦いだったのだから、命が助かっただけで充分だ。
千影は首を横に振り、静かに頭を下げた。

「…ありがとうございます。母が無事で、良かった…。」
「うん…、街は半壊滅、甚大な被害が出てしまっているから、手放しじゃ喜べないけどね。」
「そうですね…。」

そう千影も目を伏せた。


昨夜、中継映像を見た後の記憶はあまりない。ただ、朝目覚め、この部屋に通される途中で見かけたTVの中継映像の中の街の様子は見るに堪えないほど酷い有様だった。

それこそ瓦礫を撤去したら、更地のような景色が広がるだろう。
あの中で、一体どれほどの人間が巻き沿えを食らったのか、想像を絶する。
そして、その戦いを制したあの人は…。
暗い目を落とすそれをじっと見る塚内が、僅かに声を潜めた。

「死柄木弔。…君は、彼を知っているね。」
「……何も、知りません。」
「黙秘するのかい。」
「いいえ。私は死柄木さんの居場所も知らないし、連絡先も知らない。」

伏せた目の奥を探るように、千影の僅かな表情の変化も逃さないとでもいうのか、塚内はゆっくりと諭すように口を開いた。

「…こちらで調査した限り、君が彼らと接点を持っていたのは、潜伏先と見られた隠れ家のようなバーだというのは掴んでる。」
「でも、もう壊しちゃったでしょう?あそこのドア、好きだったんですけどね。残念です。」
「それは気の毒だったね。…質問を変えよう。君は彼らの何だったんだい?」

塚内の言葉に、千影はいよいよ可笑しくなって思わずふと微笑んだ。

「それを、私に聞くんですか。」
「死柄木が君を名指しした理由が見えなくてね。」
「嫌がらせじゃないですか。」
「……親しい関係だった…?」

千影がゆらりと塚内を見る。その目を捉えた塚内が微かに狼狽えた表情に、にこりと笑いかけた。

「…私があの人達にしていたのは、ちょっとしたお医者さんごっこですよ。怪我してたから。人助けです。」
「敵を、人助け?」
「敵と呼ばれる人達も、人間ですから。」

真っ直ぐに逸らすことなく塚内を見て言った千影の言葉に返す声が力んだ。

「っ…彼らが、今まで何をしたのか君は…っ」
「知ってます。…全部、見てましたから。」

守り、戦う人の姿を。

「……オールマイト…、八木さんは…病院ですか…?」
「っ…、あぁ、そうだよ。」
「そう、ですか…良かった…。……っ…」

はらはらと千影の目から涙がこぼれる。
その涙の粒が、膝の上で軽く重ねられた手の甲に落ちて、微かな音を鳴らした。

「っ…八木さんが…生きていてくれて、良かった……」

掠れた声で咽ぶ千影に、塚内は唸るように息を吐き、再び手を組んで身を乗り出した。

「…オールマイトが、君を警察に保護した経緯を聞いて、僕に言ったんだ。」
「ぇ…?」
「自分は鏡千影くんを信じるって。」
「っ…!!」
「そして君のお母さんも、同じ事を言っていたよ。…娘を信じる、と…。」
「〜〜…っ、そう、ですか……。」

千影は目元を押さえ、流れる涙のまま少し笑った。そして初めて、千影は赦しを請うように、胸の中でその名前を呼んだ。

「──…私は、罪に問われますか…?」

塚内は、小さく首を横に振る。

「君の過去の事件でついたもう一つの君の名前。これは前科とは言い難い曖昧なモノ。その内容も、幼さ故の暴走だ、と見解が出ている。だから罪に問われることはない。───が、今回の君と死柄木の関係の件で、監視の目がついて回ることを理解して欲しい。そして今後、雄英を出ていくという選択肢は無い、と覚悟してくれ。」
「……もしそれでも、出ていかなければいけなくなったら…?」

顔を上げた千影が、真摯に塚内を見る。その表情に、塚内も同じように冷静な目を向けた。

「………君を、(ヴィラン)『ゴースト』として拘束する。」




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