群青の

□空白の亡霊
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薄暗い室内で、カウンターの中から少年の様子を窺う。

彼の指示で手足の拘束を解いた途端に爆破を浴びせてきた爆豪のせいで、彼の顔についていた『手』が外れ緊張を走らせた瞬間、彼は制止するように手を上げ、ただ静かに『手』を再び自分の顔に戻した。

「…そう。こいつは大切なコマ。…アレとは違う。」
「?…何の事だ…。」

ニヤリと口を歪める死柄木が不穏な空気を纏う。その言葉を止めなければ、とカウンターの中から制止する声を上げようとした自分に一瞥する視線に声が出なくなった。
それを愉快そうにふと息を吐いた死柄木が爆豪に笑いかけた。

「やっぱり俺の気持ちが分かるのは、一人しかいないなぁ…。あぁ…仕方がないな…ホント馬鹿な奴だ…。」
「馬鹿はてめぇだろ。」
「……千影は元気かい…、爆豪くん…。」
「っ…ん…だと…、」

爆豪の表情が明らかに曇る。そしてそれを認めた死柄木の目が愉悦に歪み、弓形に嗤った―――――。




謝罪会見を終えた控え室。そこで三人の男達が神妙な表情で沈黙していた。
そして、口火を切った男がにこやかに微笑んだ。

「ご苦労だったね。イレイザーも、ブラドも。」

いいえ、と言葉を返す相澤がソファに腰を下ろしているブラドキングの視線に顔を上げ、その憔悴した様子にふと息を吐いた。

「よくあの質問に耐えたなイレイザー。」
「…あの記者の狙いは分かってたからな。…それに、俺は思ったまま言っただけだ。」
「冷静な判断、流石は私の見込んだ教師達だ。あとは、現場を指揮する警察とヒーロー達に任せよう。」

校長の言葉に目を伏せ、こんな緊急事態にも関わらず戦線に加われない自分自身を不甲斐なく感じた。
そして、捜査に進展はあったかなぁ?と軽く言いながら校長のつけたテレビの映像に、共にいたブラドも愕然と目を疑った。
そして、その戦場の起きている場所に、瞬く間に相澤の脳裏に一人の顔が浮かび、慌てて携帯電話の通話履歴をタップして耳に当てた。

耳の奥に聞こえる、鳴り止まないコール音───。

「(っ…頼む…!出てくれ、鏡さん……っ!!)」



―――横浜市神野区。

その場所の半壊滅状態になった映像がTVに晒されながら、敵と戦うオールマイトの名を報道記者の声が伝えた。
そしてそれはテレビ各局で報道され、例に漏れず、千影のいる警察署でもその映像は流されていた。

「…っ…」

呆然とTVの前で立ち尽くし、目を見張る千影の周りで、けたたましく騒ぎ立てる電話に待機していた警官達がその応対に追われている。

そして、報道ヘリのリポーターの切羽詰まったような声が千影の頭を混乱させた。
カメラが捉えた、そこに立つコスチュームを纏ったやせ細った骸骨のような姿。血にまみれ、疲弊したそれは、千影から思考を奪おうとしていた。

「……オール…マイト…?──…八木、さん……?」

そこに映し出されるいびつに歪むその姿。
右腕だけを隆々と構え、対峙する闇の中のマスクの男が悠然とした姿で宙に浮いた。

その姿に、千影の中の八木俊典という男の事を甦らせる。

その人と過ごした、時間のすべてを。

出会いは何だったか、そうあれは廃ビルの薄暗がり。血の臭いの染み着いた彼の身体を支え、満身創痍の深い傷跡に背筋を凍らせたことは、今見たかのように鮮明に目に浮かぶ。
再会した時、自分の名前を言うのを躊躇したのは、二つ名を持ち、一方とは懸け離れた容姿だからだったんだろうか。
そして千影は、はたともう一つを思い出す。
私は、『オールマイト』に何を言ってしまったか。
裏切られたと憎んでいた。貴方は来なかったじゃないかと、嘘つき、とそう激情するまま罵った。

そして、“彼”は言ったんだ。

―――『助けに行けなくて、すまなかった』と。


そして、自分の目に映っている今の彼の姿は…?

悪意の権化のような破壊者の右腕が、非道な酷たらしい憎悪の塊に膨れ上がっている。

息をつくのを忘れてしまうような死闘を繰り広げるヒーロー達。それを嘲笑う破壊者がオールマイト目掛け、苛烈な一撃を与えんと振り落とす。
が、退く選択など微塵もなく迎え撃つ彼の一振りがそれを打ち崩し、そして決する右拳が、その闘争の終幕を告げた────。

爆風と共に轟音をならし、崩壊する街の光景と、地面に打ち付けられ沈黙する破壊者。そして、

「!!〜〜……っ…!!」

拳を掲げ、あの『平和の象徴・オールマイト』が、その雄姿を威風堂々と誇っていた。
それはまるで、『もう大丈夫。脅威は去った。何故なら、私が平和の象徴だから』と猛々しい声が聞こえてくるような気がした────…。



そして、千影はその場に膝をつき崩れ落ちた。
溢れる涙を拭うことすら出来ず、力なく見つめるその中継映像に佇むボロボロになってしまった八木俊典の姿に声も出せず、千影はただ静かに泣いた。




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