群青の

□空白の亡霊
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オールマイト、そして警察に敵連合の潜伏先が判明した翌日、意識の戻った緑谷出久の病室にクラスメイトが集まった。
けれど毒ガスのせいで未だ意識の戻らない耳朗と葉隠、頭部を負傷した八百万、浚われた爆豪。そして、

「千影ちゃんもここにはいないから…」

15人…だよ、という言葉に沈黙する緑谷を麗日は静かに見つめ、続いた轟の言葉に緑谷は絶句するしかなかった。

「あいつも死柄木に狙われてる可能性があるらしい。けど鏡の事は、警察が守ってくれる。そうなるように相澤先生が動いてくれた。」

轟の言葉が緑谷の頭の中に響き、自分の不甲斐なさを、相澤から以前言われた言葉を思い出しながら悔恨した。
悔し涙を流す緑谷に掛けられる切島の言葉が、後に成す救出劇に、そして一つの終幕に向かう出来事の始まりになることは、この時は誰も気がつかない。
ただそこにあるのは、『仲間を助けたい』という強い意志だけ。例えエゴだとしても、後戻りは出来ない、と緑谷は憧れのヒーローへの想いを胸の奥に秘めていた。


そして、事態は目まぐるしく展開する─────。
それは誰も知り得ず、正に急転直下。

街頭の液晶ビジョン。そして各個人の目に映る三人の男達の姿に愕然とする雄英の生徒達。
『誠心誠意』。彼らの口から語られる言葉すべてが、胸の奥を突いて苦しくなる。
夢の為、理想の為。それらを求めるが故の激情を、利用しようと暗躍する者達を浅はかと言い放ったその声に、思わず愉快そうに笑う爆豪が幼い頃に見たヒーローの勝利する姿を思い出した。
それは単なる夢や憧れに終わらない。現実にするべく、自分で選んだ場所へ戻るんだという意志が、爆豪を絶笑させた。

一方で、仲間を奪還するべく動く者、正義の鉄槌を下す為集う雄志達。それぞれの想いが交錯する中、千影はベッド以外何もない部屋で一人、更けていく窓の外を見つめていた。

「(ここに来て2日…。本当だったら、明日が合宿最終日か…。仮免取得の為の個性伸ばしの訓練。死柄木さん達さえ来なければ…。)」

千影が迷惑そうにその名前を思い出す。
そしてそれらが連れ去った仲間を思い、ふと笑った。
彼は意地っ張りだ。プライドが高く素直じゃない。けれど冷静に自分の廻りの状況を見極められる判断力がある。
そして誰よりもヒーローへの理想に強いこだわりがある。

「(死柄木さんには残念だけど、あのかつき君が敵に寝返る事なんて有り得ない…。けどこんな時、私は無力なんだな…。何にも出来ない…。)」

中途半端な自分の行動が起こしたツケだ。
すでに会わなくなって随分経つものの、死柄木の名前は恐ろしいほどの影響力を持つようになった。
もし、死柄木とのかつての関係が自分を追い立てるような事になった場合、雄英に自分の居場所はないかもしれない。

「(また、昔に逆戻りかな…。)」

ここまで築いてきたクラスメイトとの関係も、終わるのか。
当然、彼等は死柄木の事を敵視する。そして千影の事も、同じムジナと思うだろう。けれど彼らがそう思うなら、自分を排除するなら仕方がない。
自分は死柄木をこれ以上裏切れない。
クラスメイトにも、嘘をつくのは嫌だ。
例え、相澤が自分達の関係を問い質さなくても、場合によっては…。

「(…去るっていう、選択も有るのかな…。)」

千影は目を閉じる。
雄英に編入学して約3ヶ月…。想像もしなかった経験を沢山した。ヒーロー嫌いだった自分がヒーロー科で、医療と平行して学んできた事は、少なからず価値観を変えるに至った。
あれだけ嫌悪したオールマイトにも、過去の自分の罪と向き合うきっかけのお陰で、逃げないでいられるようになった。

「(…逃げないで…か…。)」

死柄木は、オールマイトが嫌いだ。
千影もかつてはそうだった。けれどそれは、裏返しの感情が招いた『負』そのものだった事を知った。
死柄木は、その『負』の中に今もいる。
彼の境遇を千影はすべて知るわけではないが、自分とよく似ていると思う。

だとしたら、死柄木を今もその中に繋ぎ止めている誰かがいるんだ…。

一人ぼっちで、震える身体を抱けもせずに。抱き締めてもらう事もなく。 
ただ、悪者を責める事で正当化してる。

「(オールマイトを責めても、何も変わらないのに…。)」

けれど死柄木は、その先に何が待っているのか分からなくても、そうする以外の選択肢がない。破滅に向かうしか道を示されていない。

遅かれ早かれ、どちらかが行動を起こす事は必至だ。必然的に起こり得る事態を想像しながら千影は目を開き、ドアの外にいた女性警官に声を掛けた。

「あの、すみません…。ちょっと家に連絡したいんですが、電話お借りしても良いですか?私…携帯持ってないので…。」



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