群青の

□空白の亡霊
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前を向きながら、轟は今までのことを思い出す。

(まぁ、怪しいところは多々あるからな。編入当日がUSJ襲撃事件。職業体験の脳無の事件。それに今回の林間合宿。見る度に実感する並外れた能力…。)

けど、と轟は千影の必死の形相で仲間達に治療を施す姿を思い浮かべる。
果たしてあれが悪意のある人間のする事だろうか。泣きそうな顔で、緑谷の腕に力を注ぐだろうか。
もし万が一、千影が敵側の人間なのだとしたら廻り諄いやり方はしないだろう。騙そうと思うなら、手っ取り早く爆豪を連れ去るはずだ。
そうじゃないから、担任も重要な役目を与えたんだろう。

そこまで思って、轟は自嘲の笑みを密かに浮かべた。

(そうだったらいいな、と思ってるだけだな。)

「っ…ったく、俺もまだまだ修行が足りねえな…!ところで轟、…お前何で鏡さんが誰でも助けるとか知ってんだ?」
「…………。」

轟は切島には目もくれず、ゆるりと立ち上がり黙って病院を出て行った。




時間は少し遡り、林間合宿後、相澤達と別れた千影がベッドの上で目を覚ました。
あの後、こちらにどうぞ、と通されたそこは警察官が仮眠を取るための部屋で、どうやら女性が主に利用する個室になっていた。
シングルのベッドに小さなテーブル兼チェスト。部屋の一角には簡易のシャワー室。
そして小さな窓にはカーテンが掛けられ、外を覗くとメッシュの鉄網がはめられていた。

この場所で、誰とも連絡も取れず、一人で事件が解決するまでを過ごす。
林間合宿から戻ったその足で警察の保護を受けるという緊急事態は、そんな準備はしていなかったせいで荷物も合宿のままだ。しかも仲間達を手当した時についた血や汚れもそのまま。
きっと髪や顔も滅茶苦茶かもしれない。
それもこれも非常時なのだから仕方がない、と千影はポケットの中を探り、サプリメントケースを取り出しふたを開けた。

「っ…ない!ぁ…あ〜…そっか…あげちゃったんだ…。」

ばたりとベッドに倒れ、千影は腹から鳴る煩い音を撫で付けた。

千影の作った栄養補助剤。宿舎に運ばれてきた仲間達に半ば無理矢理食べさせ、不味い不味いと言われながらも、文句が言えるくらい元気出たでしょうが、と笑い返した千影が、まさか警察に保護されると説明されていた時の仲間達の、動揺を隠せない顔が忘れられない。

(それはそうだよね…。私と死柄木さんの接点なんて、皆が知るわけないし…。)

彼らの目的は、平和な社会を作り上げたヒーローと、それを作ってきた機関の信頼を崩すこと。
ヒーローへ、制裁を下すこと。
偽善で出来た社会。人助け、という恩着せがましい嘘。きっとそのうちヒーローが、という怠慢。

(…私も、大っ嫌いだった。)

『ヒーロー』という、名声・収入を得たいが為に動く傲慢。力をひけらかし、暴力を正当化してしまうその存在は、正真正銘の悪だと思っていた。
けれど、そのあり方を問う為に罪のない沢山の人を陥れ危害を加えてしまった時点で、それは犯罪だ。
私欲も私怨も、一緒。それが行動に加わったら、偽善。自己満足の暴力。

(でももう、止まらないんだね…。死柄木さんは、まだ、許せないんだね…。)

どうかいつか辿り付けますように、と千影は目を瞑る。
罪は、罪として。生きて償う道に出られますように。

その時、ノックされるドアの音に飛び起きた。

「っ…はい!」
「おはようございます。朝食をお持ちしました。」
「!」

その言葉に反応した千影の中からキュルキュルと鳴る哀しげな声に、女性警官の点になる目から隠れるように千影は顔を覆い隠した。





「──…しかし今ある事実をふまえても、鏡くんと死柄木の関係性を裏付けるモノはまだ薄い。鏡くんの編入当日で、USJ襲撃事件のあったあの日以降、その界隈での目撃証言はない。」
「それってつまり…校長は、知った上で編入を許可して、ずっと監視していたんですか…?」

ミッドナイトの声が震える。それに根津は笑顔を浮かべた。

「監視という意味ではね、そうだよ。…鏡くんの持つ個性は、とても危険だ。どちら側にいても脅威となる。敵も知ればきっと欲しくなるだろう。だからイレイザーに頼んで招いたんだ。敵から隠せるように…。もう二度と、そちら側へ向かないようにね。」




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