群青の

□ペテン師が笑う
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失礼します、と声をかけて千影はカーテンの中に滑りこむ。
各ステージを映すモニターの前で、回転椅子に座るリカバリーガールがくるりと振り向いて微笑んだ。

「来たか。今日は激務になりそうだからね。しっかり働いておくれ。」
「はい、宜しくお願いします。」

頭を下げる千影にニコニコしながら黙ってペッツを差し出すリカバリーガールに、自分の苛立ちを悟られたのかと千影は苦笑いしながらそっと手を出した。
そして、間もなく掛かった開始の声に一斉に始まる教師たちの動きに、千影はモニターの前で息を呑んだ。

「っ…凄……!」

そして、一つの試験会場の様子に、千影の目は釘付けになった。
それは、自分にとっても脅威の存在。
そして目に映る二人の言い争う姿に千影は唇を噛んだ。
破壊される会場の一部に飲み込まれるその二人の姿に、モニター越しの千影がギュッと固く手を握りしめ、小刻みに震えだす身体にそっと腕を抱いた。
その様子を傍らで見ていたリカバリーガールが、椅子に座るようにと声を掛けた。

「…っ、あ、ありがとうございます…。スミマセン…。」
「大丈夫かい?」
「はい、大丈夫、…何でもありません。」

明らかに無理して笑顔を作っている千影に、リカバリーガールがモニターに顔を向けたまま小さく息をついた。

「…鏡、前にあんたが寝不足で倒れた時の保健室でのこと、覚えてるかい?」
「え、と、水を掛けられたこと…ですか?」
「運ばれて、目が覚めた時のことさ。」
「…水を掛けられた時がその時じゃ…」
「やっぱり覚えていないか…。」

リカバリーガールの言葉に不安が押し寄せる。
自分は、何をしていたのか。記憶が抜けていることは自覚していたけれど、敢えて考えないようにしていた。
あの日保健室で目が覚め、気が付いた時に起きていた状況。
相澤が八木の胸倉を掴み、千影がその手を制止していた。そして、自分の濡れた頬と、涙を流した後にある目の違和感。
次いで浴びた大量の水に感じた全身の疲労感。

「気が付く前、私は何をしてたんでしょう…。」
「…八木にね、ある男の話をしていたよ。」
「え…」

ずきん、と痛みが走る。頭か、胸の奥か分からない。嫌な予感が頭をもたげ、視界の端に映るその男の姿にまた身体が強張った。
何を、と問おうとして失敗した。緊張で声が喉に張り付いて少しも上手くいかなかった。
その時、リカバリーガールが千影の前に何かを置いた。それに、千影が目を見開いた。

「!!!」
「八木から預かった。あいつはこれを返そうとあの日来てたんだよ。」
「…こ、れ…は、っ…。」

ぐるぐると一瞬、頭が眩んだ。咄嗟に頭を押さえ、台に手をついて息を吐いた。そして、断片的に蘇る映像と声に目を瞑った。

「ぁ、ぁあ、そっか…。思い出した…。喋ったんだ、八木さんに…?何で…、」
「鏡…。」
「…リカバリーガール…、その時、私どんなでした…?」
「…小さな子供だったよ。酷く怯えていて、私のことも八木のことも分からないみたいだったさ。」

そうですか…、と力なく俯き、目の前のそれを手に取った。
金具はすっかり壊れてしまっていて、直そうにも修復は不可能に見えた。
大切な宝物だったそれを、千影は祈るように手の平で包む。

そして、モニターに映る閃光と爆風に目を細め、千影はゆっくりと口を開いた。

「リカバリーガール、私、お仕事頑張ります。もっと勉強して、手が届く限り役に立ちたいです…。」
「…あぁ、そうしておくれ。」
「あと、これ…ありがとうございます。八木さんに会えたら、お礼しなくちゃ。」
「…大事な物なのかい?」

手の平を開き、モニターの光にキラリと反射するそれに、千影はふわりと微笑んだ。

「宝物なんです。子供の頃も、今も。」




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