群青の

□ペテン師が笑う
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しんと静まり返る教室内に、シャープペンの書き込む音が響く。
緊張感の漂う筆記試験、そして、そこから開放された事を喜ぶクラスメイトに微笑みを向けている千影の元に、轟の声が掛かった。

「ちょっといい?」
「…良くない。」
「ふぅん…まぁいいけど。試験は?」
「っ…、お陰さまで、それなりに出来たんじゃないかなと思うよ。」

むくれたまま顔も向けずに言う千影に轟は壁に寄りかかって一瞬笑った。
それを悟った千影がじろりと睨みを返した。

「〜…っ、轟君…、」
「何?俺はただクラスメイトと話をしてるだけだよ。」
「〜〜っ…、あぁ…もういい。疲れた…。」
「意識し過ぎ。普通にしてればいいだろ。」
「っムカつく…!」

せせら笑う轟に諦めたように息を吐く千影がおもむろに立ち上がる。
どこに行くのかと問いただす轟に、ちょっとね、とだけ言う千影が教室を出て行った。





失礼します、とノックの後に言った言葉に許可の声がかかり扉を開ける。

「あぁ、来たね。お入り、お茶を淹れようか。」
「いいえそんな、直に先生も来ると思うのでお話だけ伺いに…」
「…その担任は後ろにいるけどね。」
「?!」

気配のないその存在にサッと振り向けば、憮然としたいつもの小汚い黒尽くめの男が立って千影を見下ろしていた。

「っ!あ…相、澤先生…HR…っ!」
「んな事分かってるよ。こっちの話が先。ほら、早くしろって。」
「ぅ、はい…。」

何度見たか分からないやり取りに呆れるリカバリーガールが、不満気に椅子に座る千影を待ってデスクの上に資料を広げた。




廊下を進む相澤の後ろを歩きながら、最初の頃みたいだな、とその背中を見る。
あの頃はまだ緊張していて、見る全ての景色が物珍しくてワクワクする事も多かった。慣れない環境で戸惑うこともあったが、A組のクラスメイトに助けられながら今まで過ごして来られた。

それに…、と千影は密かに微笑んだ。

その時、誰一人いなくなった廊下を進んでいた相澤が不意に立ち止まって千影に視線を送った。

「何を思い出し笑いしてんだ、厭らしい。」
「っ、厭ら…っ。…今、少しでも感謝した自分がバカだった…!先行きますっ!」

笑顔の消え去った千影が微かに肩を震わせて相澤の脇をすり抜けて行く。
それを見送る相澤が、離れていく千影の背に目を伏せた。


演習試験はリカバリーガールの所でサポートだと伝えた時、千影の複雑そうな表情が目に焼き付いて離れない。

(朱に交われば赤くなる、か…。)

元々、医療のプロの傍で学ぶのは千影の本分だ。
ヒーローを目指す生徒達とは、初めから種類が違う。
けれど、千影に『その気』があるのなら、と間延びした予鈴のチャイムが鳴り始めるのを聞きながら、相澤は苦虫を噛み殺すように顔を歪めた。






そして、演習試験の当日。

A組の生徒がそれぞれコスチュームに身を包み、整然と並ぶ教師陣と相対していた。
担任からの試験内容の説明が始まり、数名が楽勝だと盛り上がりを見せる中、唐突に現れた校長の言葉に、一瞬にしてその空気が変わった。

そして組み分けが告げられた時、千影に声がかけられると案の定注目が集まった。

「鏡は体育祭同様、リカバリーガールと共に医療サポート側だ。が、それどうした。」

相澤の目に映った千影の、膝上15pの薄いピンクのナース服を纏った姿に相澤が見下すように吐き捨て、それに蒸すくれたまま千影も言葉を返す。

「…リカバリーガール指定の医療コスチュームです、相澤先生。」
「おぉ!久し振りに見たなナースさん!」
「マイク…お前は黙ってろ。」

怖い怖い、とせせら笑うプレゼントマイクを睨めつける相澤が、目の前でナース服に身を包む不満顔の千影に額を押さえながら溜息を吐いた。

「ったく、どいつもこいつも…。」
「…時間がもったいないので私も行っていいですか。」
「…あぁ、すみやかに移動だ。」

ふん、とそっぽを向いて踵を返す千影に、何へそ曲げてんだガキが、と胸の中で悪態を吐いて自分の担当ステージ行きのバスに乗り込んだ。




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