群青の

□ペテン師が笑う
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いくつかの授業が終わり、休み時間になり轟に声をかけた千影は教室の外の廊下でその隣にいた。窓から時折入るぬるい風が首筋に当たる。

「あまり時間ないから簡単に言うけど、昨日朝のHR、話聞いてた?」
「ん?昨日の事?…ゴメン、分からない…。」

だよな、と呆れたように息を吐くと軽く笑って千影を見た。

「つまり、公共の場所ではあまり騒ぐなってさ。」

にやりと口を歪めた轟に数秒黙っていた千影が、ハッとようやく思い至って顔を赤らめて絶句した。

「見られてたな、間違いなく。」
「だ、だって、あれはそっちが悪い…っ!」
「俺は声が大きいって忠告したよ。」

わなわなと震え二の句が継げない千影の耳元に口を寄せる。

「どんなふうに見えたんだろうな。」
「ッ!!」

耳に当たる吐息に思わずビクリと身体を強張らせた千影が、顔を真っ赤にして殴りかかった。
それを軽く受け止めた轟が、一瞬廊下の先に影を見た気がした。そして、ぐっと堪えて俯いた千影が、掴まれた手を勢いよく払った。

「…どんなふうに見えたって、私の気持ちはこの間言った事と同じだから。」

千影の声に冷気が漂う。
そして、轟に向けたその冷淡な眼差しに、ゾクリと腹の奥が疼いた。
そう言い捨てて背を向けた千影が、再び教室の中へ消えていった。
それに取り残されたまま胸を押さえる轟は窓の外に息を吐き、そしてひっそりと笑いを零すと、千影の後を追って何事もなかったように教室の扉を開けた。

その時、轟の目線が一瞬走ったその影で、奥歯を噛み締めながら壁に背を持たれかけ、気配を殺していた男の正体に千影は勿論、誰も気付かなかった。




そして、程なく知らされた夏休み林間合宿と期末テストのクリア条件にクラス中に緊張が走った。
期末テストの合格点に満たなかったものは学校で補習地獄という…。
それを聞いた千影が、マズイ、と冷や汗を滲ませた。

何を隠そう、編入試験ではほぼパーフェクトの成績だったのにもかかわらず、何処でどう狂ったのか、21人中21位…という位置にいた。
まあそれもそのはず、途中から雄英に入った千影にとってのこの順位は云わばハンデ戦。
正規入学した生徒よりも得ているものが少ない分、仕方がないといえばそれまでだが、千影は極度に緊張していた。

(補習なんて…本気で絶対にありえない…!)

その千影の意気消沈した様子に声をかけたのは意外にも、緑谷出久だった。

「っ…いずく君…。」
「ここここんにちわ、鏡さん!」

もし良かったら一緒に勉強しようか、と言ってくれたその笑顔に千影は涙を流しながら、よろしくお願いします!と手を握った。

「頑張ろうね!やっぱり林間合宿、皆で行けた方がいいし!」
「しかし意外だったな。鏡君は上位にいるものだと思っていた。」
「今までのは置いといて、期末で結果出せばいいだろ。」
「…頑張る!」

飯田や轟の言葉に、千影はぐっと拳を握り気合いを入れた。
そして、善は急げとその日の昼食後、人のまばらな場所に集まり、即席勉強会が開かれた。

とりあえずは今までの授業の範囲からの問題を解くように言われた千影がワーク問題にシャープペンを構えた。
そして、集中し、絶え間なくぺンを動かす千影を黙って見守っていた一同が、同じ表情で頷いた。

「――――っ、どうだっ!!」

全て解き終わり、ペンを置いた千影が肩で息をしながら解答用紙を緑谷に渡す。それを受け取って採点をする飯田の隣で緑谷と轟がほっとしたように千影に向いた。

「うん。」
「問題ないな。」
「出来てるじゃないか鏡君。」
「本当?良かった〜!」

欲を言えば…、と飯田のアドバイスに耳を傾ける千影を見ていた緑谷と轟がこっそりと声を潜めた。

「学科に問題はなさそうだね。でもどうして最下位なんて…。」
「…嫌がらせ、かもな。」
「誰の…え、嫌まさかそんな事…」

しない、とは言い切れない自分の脳裏によぎる担任の千影に対する冷酷な態度に、緑谷は自分の腕を抱きながら身震いをした。




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