群青の

□ペテン師が笑う
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まだ幾分湿ったままの布団を抱えた千影は陽の良く当たりそうな場所を見つけ、ふん!と軽くかけ声を掛けながら、そこにあったベンチに引っ掛けた。
軽く撫でて広げ、今日は一日天気も良さそうだからすぐに乾くだろうとほくそ笑む。


登校する生徒のまだいない雄英の校舎の隅。
保健室からそう遠くない場所で千影は、保健室の濡れてしまったベッドマットと掛け布団を干していた。

「…朝からご苦労な事だな。」
「あ、おはようございます、相澤先生。」

急に掛けられた良く知る声に振り向いた瞬間、良い生徒スマイルを貼り付け笑った千影に嫌そうに顔をしかめる相澤が、少し離れた場所から腕を組み、千影をまっすぐ見ていた。

「始業まではまだ時間ありますよね?」
「そりゃそうだ。こんな時間に来てんのは先生方だけだからな。」
「昨夜はよく眠れたお陰で目が覚めちゃったので、リカバリーガールから頼まれてた仕事もあったから来たんです。こういうのは早い方がいいですしね。」

腰に手を当て、朝日を浴びている白い布団に笑みを向けた。
その白に反射する陽の光で千影の色素の薄い髪がふわりと輝いて見えた。

「相澤先生も、もし何かあればお手伝いしますよ?」
「…それはそれは、是非…と言いたいところだが、生憎今は特にないな。」
「そう?じゃあ仕事が出来たら言ってください。…お礼、したいから。」

黙る相澤に、はにかんで笑った千影がくるりと背を向けて去って行った。

その背に、相澤はゆっくりと腕を解いて髪を掻きあげて溜め息を吐いた。

偶然見かけた千影の姿に、こんな早朝に近い時間から何をやっているのかと思ってついて来てしまった。
そして昨日の件だと知り、千影の満足そうな笑顔に身体の奥から湧き出す、愛おしいという感情に困惑する。
お互いのために手を離したはずなのに、抑えようと思えば思うほど、自分を律しなければあっという間に決壊してしまいそうだ。

今を守らなければ、未来はない。

そう自分に言い聞かせ、相澤も元来た方へと踵を返した。





A組のクラスメイトが次第に集まり始め、千影もあの後リカバリーガールに追加で頼まれた仕事をこなし終えて教室へとやってきた。
そして、千影の姿を見るやいなや飯田が心配そうな顔で声をかけてきた。

「鏡くん、昨日は大丈夫だったのか?今日は体調はどうだ?」
「飯田君、昨日はありがとう。正直、昨日一日は記憶が曖昧なんだけどね…。保健室に運んでくれたって聞いた。お世話になりました!」
「そうか…。職場体験の疲れが出たのかもしれないな…、が!今日は顔色も良さそうだ!甘えは許されないぞ!気を引き締めていこう!」

ぐっと気合いを入れるポーズをする飯田に、敬礼しながら返事をした千影の後ろ頭を耳朗が軽く叩いた。

「こら、心配したでしょうが。」
「あ、おはよ響香ちゃん!昨日、ごめんね。」
「あたしだけじゃないよ。八百万も心配してた。」
「百ちゃんも…ありがとう!」

照れくさそうに笑う八百万に近付き礼を言うと、その表情がふと影を作った。

「それはいいんですのよ。ただ少し気がかりが…」
「八百万。」
「ぁ、轟さん…。」

後ろの自分の席に鞄を置いた轟が、八百万の言葉を遮るように声をかけた。
それを、何だろうと不思議そうに言葉を待つ千影に轟が時計をちらりと見て目を伏せた。

「もうすぐ担任も来るし、席に着いた方がいい。」

そういえばそんな時間かと頷き、千影が自分の席へと背を向けた瞬間、くいと腕をひかれて耳打ちされた。

「あとで話がある。時間作って、今日中な。」
「ぅ…うん。分かった。」

真面目な顔で言う轟に少しだけ緊張してしまった千影も同じように表情を堅くして席に着いた。



そして今日もヒーロー科の授業が始まる。




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