ある夏の日の

□夏風邪
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冷えたオレンジジュースをゴクリと喉に流し込む。
酸味とほんのりとした甘味が、乾いた身体とエアコンの冷気で冷えた思考回路に、少しだけ刺激を与えてくれた。


ランチラッシュの食堂は、いつも生徒達で賑わっている。
一息つきたい者、空腹を満たしたい者、仲間と談笑を楽しむ者と様々だ。
そして、良い香りの漂う食事を待つ列にいる友人達を、先に食事を提供された飯田天哉が席につき待っていた。
けれどその目は、たまたま捕らえたある一点に絞られ、他の女子と談笑しながら近付いてくるのを口を真一文字にし、それが席に着くのを落ち着かない気分で見ていた。

「お待たせ飯田くん。」
「お茶子ちゃん、隣に座って良い?」

もちろん良いよ〜、と笑う麗日に嬉しそうに微笑む千影に満を持して口を開いた。

「鏡くん。」

突然かけられた静かな声に、千影は椅子に腰を下ろしながら、何だろうと飯田に目を向けた。
眼鏡の奥にある目が、きらりと冷たく見えた。

「飯田君?」
「どうしたの怖い顔して…。」

その瞬間、ぐっと身を乗り出した飯田が堰を切ったように目をつり上げた。

「鏡くん、今君は麗日くんを待ちながら何をした。」
「何…って何だろう?」
「無自覚…!なるほど、ではこの僕が指摘してあげよう!」

一体何が始まるのかと固唾を呑む千影に、麗日と緑谷達が苦笑いしながら目の前で湯気を漂わせるトレイに手を合わせた。
そして、ビシっと伸びた指先を千影の目の前に突きつけた飯田が、その指を千影のトレイに乗っているオレンジジュースに移し、口の端を歪めて笑った。

「君が席に着いたのはついさっき。手を合わせてもいないのに、何故オレンジジュースの量が減っているんだ?」
「?…あ、ちょっと喉が渇いてて、少しだけ飲んじゃって…。」
「それが雄英に通う生徒のすることだろうか?!」
「…へ?」

飯田の声が、嘆き悲しむように悲痛に咽ぶ。
目を点にして唖然とする千影の腕をそっとつついた麗日が、放っておいて大丈夫だよ、と小声で呟いた。
大丈夫かな、と不安顔を返す千影に、斜め前の緑谷も苦笑いしながら頷いた。

戸惑いつつ、じゃあ頂きます、と手を合わせる千影に更に飯田が声を荒らげた。

「聞いているのか鏡くん!」
「あ、あのでも、ご飯冷めちゃうから…。」
「む、…それもそうだな。」

そう言いながらも不満そうな顔で手を合わせた飯田が食事を口に運ぶのをもやもやする気分で見ながら、千影も目の前の魚の煮付けに箸を入れた。




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