魔法科高校の劣等生

□九校戦編2
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騒ぎを聞きつけたのか、床は桐原先輩が高周波ブレードで切り取ってくれた。

気持ち悪さは相変わらずだが、土地が土地だけに精霊も私の周囲に良く集まってくる。

この地の精霊が悪い気を私の周りだけは排除するように働いてくれていた。

むき出しになった地面の土を発散の魔法で水分を取り除き、砂に変える。

目標の位置まで砂にすると、そこからゆっくりと移動魔法をかけ、手を触れずに埋まっていたものを取り出した。

「これは…壺か?」

「あまり近づかないでください。まだ使用されている魔法を停止させたわけではありません」

縦50cmほどの壺が埋まっていた。

茶色の壺には呪の刻まれた布が巻きつけられ、木の蓋で口がふさがれている
毒々しいオーラが漂っている

これは面倒なものを…

内心舌打ちをしたい気分だったが、それどころではない

先輩方は予想外の物が出てきたことで、私の言葉がようやく嘘ではない事が分かったようだ。

もしこれが単なる呪具ではなく、爆弾だったらと思うとぞっとする。

「九重はこれが何か知っているのか」

未知の物体に対し、念のため十文字会頭が壺の周囲を囲っている。

見れば見るほど禍々しいものだ。

取り出してみてようやく姿が掴めたが、霊子は烏の半身を形取っていた。

「おそらく、中に烏の死骸が入っています。
烏は墓場鳥、死喰鳥と言われる地方もあり、凶を示すものです。
烏は死骸を見せないと言われています。
それがこの地に埋まっているということは、凶運をこちらにもたらします」

随分と古い手法だが、私のように精霊に対して感受性が強くない限り気が付かれない物だ。

おそらくこの本部ができる前から埋められていたのか、若しくは一高の本部の設置を狙って埋めたのだろう。

「そんなもので、運が悪くなるのか?」

「無論ただ烏の死骸を入れただけではそれほどの効果はありませんが、この壺には刻印が施され、悪い気がこの場所に溜まるようになっています。
加えて、霊峰の力を受けて術者が仕掛けた以上に力が増大しています」


日本屈指の霊峰である富士。

富士には聖域と呼ばれる一方、天への門、黄泉への入り口、樹海はこの世とあの世の交わる場所などと言われている。

つまり、富士の恩恵を受け、霊魂の類も力を得やすい場所である。普通は自浄作用が働くはずだが、ここはあくまで富士の裾野であり、土地神の気配も弱いのかもしれない。

「待て。では、これは誰かが仕掛けたということか」

「そうでなければここにはありません。術式から見て大陸系の術式だと思います」

「どうしてこんなものがここに…」

本部は得体の知れない不安感に包まれていた。

誰も足元にこんなものが埋まっているだなんて思いもしなかったのだろう。

「一高に対する妨害工作の一つかもしれません。
しかも、埋められているのはこれだけではありませんよ」

「なんだと」

「まだあるのか」

私の言葉に先輩方は驚愕の表情を浮かべた。

「これは悪い気をこの地に留めるもの。
この場所から良い気を奪い、悪い気を呼び込むものが少なくとも合せて2つはあるはずです。
それによって地脈の流れを変えていると考えられます」


土地の力は一定ではない。
多い場所、少ない場所、枯れた場所、溢れる場所、淀んだ場所、澄んだ場所

同じ場所に見えても、地脈の流れによって精霊の活性や霊子のレベルは違う。

私は運気の流れまでは見通すことはできないが、術式から発せられるオーラはこちらの運気を吸い取り、別の場所に流そうとしているのは感覚的に分かる。

今は私が抑え込んでいるが、術式自体はまだ停止していない。

「それで、これはどうやって処分するんだ」

「お姉様、お待たせしました」

「ありがとう、深雪」

深雪が息を切らせて、本部に入って来た。

その後ろには状況を聞き駆けつけた、達也も一緒だった。


「お姉様、御無理はなさらないでください」

「ええ」

私は深雪から鞄を受け取ると、持ち手にサイオンを流し込んだ。

見た目は普通のアタッシュケースだが、登録した個人のサイオン波に反応して開錠される特殊仕様の鞄だ。

「それは?」

「なぜか持って行くようにと言われた古式魔法の道具です。
こんなことに役立つとは思ってもいませんでした」

本当に【千里眼】は恐ろしいと同時に心強い存在だった。




一旦、場所を外に移して邪気払いをすることになった

塩と祝詞で穢れを軽く祓い、移動魔法を使って壺を本部の外に持ち出す。

本当は神酒も欲しいが、贅沢は言えない。流石に飲まないとはいえ、未成年が酒を所持しているのは外聞が悪いため、今回は持って来ていない。


札に墨で刻印を描き、壺の四方に札を貼る。

大きめの和紙にも刻印を描き、それを壺の下に敷いて準備は完了だ。


鞄の中から、9つの金色の鈴がついた神具を取り出す。

神事や厄払いに使われるこれには、ありとあらゆる場所に刻印魔法が刻まれている。

鈴を振ると、軽やかな音ではなく、見た目以上に重い音がした。

小さく息を吸い込み、壺に向かって鈴を打ち鳴らす。

「“其は何ぞ
何ぞここにあるや
ここにありて地脈を乱すものや
誰そ言われてここにあるや
此は清浄の地、富士の腕(かいな)
何ゆえ災、持ち込むや“」

鈴の音と共に、地の精霊が喚起され、壺を蛇のように取り巻き締め上げる。
それと同時に壺から黒々しい煙が浮かび上がる。

「“我が問いに答えよ
地の眷属の怒りを知れ
我がもとに跪き、頭を垂れよ“」

壺が中に生き物が入っているがごとく、音を立てて動き出す。

ぎゃあぎゃあと烏の鳴き声が響く。

それを“霊子”で押さえつける。

烏が暴れ、鋭い爪と嘴で私が施した術を突破しようとする。

私は更に精霊に与える力を強め、烏を模した術を締め上げる。

傍目には鳥の声と鈴の音が響いているようにしか見えないだろう。

しばらく力比べをすると、相手は観念したように大人しくなり、改めて祝詞を読み、塩を撒いた。

火の精霊が使えればもっと確実で良かったが、証拠として残さないといけない以上仕方がないだろう。

「九重は何をしたのだ?」

「何か鳥の声が聞こえたんですが…」

「鳥?聞こえなかったわよ」

「私も聞こえませんでした」

「私は聞こえました」

「自分も見えました」

先輩や同級生は離れた位置で見学しており、先ほどの精霊がを感じ取れたり、鳥の鳴き声が聞こえたりしたのも半数だろう。

ここにいる魔法師は良くも悪くも現代魔法に特化した者が多い。

それゆえ、活性化された精霊を感じ取れるが理解はできておらず、意見が分かれたのも精霊に関する感受性の度合いだろう。

「開けても問題ない程度に邪気払いをしました」

「妙に手慣れているな」

渡辺先輩は薄気味悪そうに壺を見ていた。

若干顔も青いので、彼女も何かしら感じた方なのだろう。

「高校生にもなれば“手伝い”の一つ二つさせられるものですから」

「そう言うことにしておこう」

家の事を根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、今はこちらの方が優先であり、渡辺先輩はそれ以上追及しなかった。

「これは開けられる状態なんだな」

「気分を害されると思いますので、見ない方がよろしいかと」

「ここまできて確かめない訳にはいくまい」

十文字先輩が四隅を囲っていた防壁を解除した。

「では女性は少なくともお下がりください。きっと気分の良い物ではありません」

私は分かってしまったが、術者に対しても嫌悪感を持つような術だ。

よくこんなものを作ったのだと思うし、正直精神を疑う。


邪気払いも完了し、中身の開封に関しては鎧塚先輩がその役目を買って出てくれた。

曰く、体調の悪い後輩にこれ以上の無理は先輩としてさせられないらしい。
男前である。

鎧塚先輩は入念に手袋とマスクをして呪のついた布を外し、木の蓋を開けた。

「これは…」
「烏、なのか」

私も思わず顔を顰めた。

中には4羽の烏。足をくくられた状態で壺の中に押し込まれていた。

しかも身が縦に裂かれていたり、目が抉られていたり、羽が折れていたりする。

「生き埋めですね。その方が効果は高かったのでしょう」

「惨いな」

祓ったとは言え、それは術式だけだ。
死体が持つ死臭や媒体そのものを消去したわけではない。

達也も術式を凝視していた。

彼は作業車で機器の点検をしていたため、深雪に言われるまで本部にある異変に気が付かなかったようだ。

古式の魔法とはいえ、事象改変を伴うものではないし、霊子ならば彼の目にも捕えられない何かが働いているだろう。


「ひとまず、大会運営委員を呼びましょう。雅さん、大丈夫ですか」

七草先輩が神妙な面持ちで、そう言った。

「ええ、ご心配ありがとうございます」

辛いが、術式自体を止めてしまったので問題ない。

気持ち悪さはまだ残っているが、心配そうに私の周りに漂う精霊が周りの気を浄化してくれるのでまだ何とかなっている。


「お姉様、こちらにどうぞ」
「ありがとう」

流石に一度座らせてもらうことにした。

深雪は温かいお茶を用意したり、体調を気遣ってくれたりと甲斐甲斐しく私の世話をしてくれていた。彼女に心配をかけ、泣きそうな顔をさせてしまったのは申し訳ない。

達也は鎧塚先輩や五十里先輩と術式の検分をしていた。

私の実家や伯父の影響で古式魔法についても達也は一般に比べて知識は多い方だ。

五十里先輩は刻印術式で有名な家であるし、鎧塚先輩は古典部で憑きの物を取り合った経験があるため、3人に任せて問題ないだろう。



先輩方の予想以上に深刻なこの事態に大会側にも知らせることとなった。

大会委員会側は知らないことだったようで当然焦っていた

最初は何かの間違いでは、と言われたが十師族の二人がいる手前、その名前を持って言われてしまえば一大会委員ごときではどうしようもできない。

「それで、九重が言うにはまだこの辺りに何か埋まっているのだな」

「今の所、感知できたのはこれを除き、4つです。

不自然な地脈の流れがありましたので、そこだと思われます」

精霊から聞いた話だと、まだこの術式は終わっていないそうだ。

あくまであれは核であり、核をとっても周囲の術式は微弱ながら影響を及ぼすそうだ。

「検分をしたいのだが、よろしいか」

「わ、分かりました」

壮年の大会委員は上の役員の様で、顔を赤くしたり、青くさせながらも十文字先輩の質問(確認)に同意を示した。

「ただ、一高のテント周囲だけではないのです」

「まだ他の場所にもあるというのか」

「はい3つはここの周囲にありますが、一つは別の方向にあります」

精霊の話を踏まえ、休んでいる間に少し感覚を伸ばしてみると、予想以上にここの地脈は意図的に歪められていた。

此方は運気を奪われる方。ならば運気を集めている物もあるはずだ。

その場所が分かれば犯人の意図も分かるだろう。

「こんな惨いものがまだあるのか」

「いえ、少なくとも地脈を変えるための指向性をもった術式だと思います
少なくとも、誰かが地脈を操ってまでしたいことがあるのでしょう」

「先にその3つを探すか。九重、行けるか?」

「大丈夫です」

未だに心配そうに私を見つめる深雪を安心させるために、頭を撫でてやり、荷物を持った。

「七草たちは明日以降の準備を進めてくれ」

「分かったわ。鎧塚君と五十里君は悪いけれど、そちらは任せたわ。
二人とも、大会前だから準備を終えてからでいいわ。
残りは任せたわ、十文字君、九重さん」

「司波、お前はこちらに来い」

「分かりました」

解析を続けていた達也も一緒に呼ばれた。

深雪もと申し出たが、彼女にあのような不浄なものを見せるのは私としても心苦しいので、当日心配なく競技に臨めるよう準備を任せた。

深雪は申し訳なさそうなのと、残念そうな様子だったが、彼女は自身がいても古式魔法に関して何かできるわけでもないと理解している

「お兄様、よろしくお願いします」
「ああ」

十文字先輩が気を使ってくれたのか、達也の同行は私にも心強かった。







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