魔法科高校の劣等生

□九校戦編2
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途中で事故があったものの、一高は事情聴取を含めて1時間ほどで事故現場から会場へと向かった。

冷静にバスを停止させた市原先輩、消火を行った深雪、バスとの間に防御を行った十文字先輩、相克の起きた魔法式を吹き飛ばした達也の活躍になって怪我人なく片付いた。

あの状況で10人近くの魔法式を吹き飛ばしたことに関して、渡辺先輩は疑問に思っていたものの、口には出さなかったので助かったのは心のうちに留めておく。


バスから降りて荷物の整理のために深雪や達也とホテルに入ると、後ろから視線を感じた。

達也も出発時点とは異なる視線に疑問を感じていた。

「お兄様?」

「………いや、なんでもないよ」

達也はそう言ったものの、明らかに強くなった殺気の籠った視線は私としても気分が良くない。

「事故が起こる前ね、深雪と渡辺先輩が私と達也さんが婚約していることを話してしまったの」

達也は予想外の答えに一瞬固まったものの、すぐさま納得したようにため息をついた。

「それで、この視線か」

「お姉様に不届きな思いを抱く者を一掃できると思ったのですが…」

口を滑らせたのは渡辺先輩だが、深雪が明言しなければ何とでも誤魔化せた。

だが、言葉は訂正できない。

エリカたちは知っていることだし、知れ渡るのは早いか遅いかの違いだったのだろう。

「雅が俺のだと言ったのだろう。悪い気はしないさ」

「………」

「お姉様?」

「狡い人…」

彼はどれだけ私に期待させれば気が済むのだろうか。

不覚にもときめいてしまった。

あんな優しげな顔で言われてしまえば、もう私は深雪を非難出来なかった。本当に狡い。






達也の話によるとあの事故は意図的なものだったらしい。

何者かが事故に見せかけて一高にたして妨害工作を仕掛けてきたとみて良いだろう。

優秀な魔法師を捨て駒にするとは、相手も相当駒数は多いらしい。

兄からも“道具”を持って行くようにと言われており、これは確実に今後も何かあると見てのだろう。


荷物を片づけて、一高の本部に向かう。

CADの調整用の機材は機材車両内でそのまま調整できるため、あまり私たちが関わる部分はない。

試合の解析用の端末やスポーツドリンク、救急箱など備品の準備があるのだ。

本部はホテルから少し離れた演習エリアに仮設のテントが設置されている。

仮設と言いってもむき出しの床ではなく、防音と冷房設備が整えられ、高価な機材を置いても問題ないような本格的なものらしい。

バスを降りたときは富士の裾野とあって精霊も多く、澄んだ気で満ちていたが、一高の本部に近づくにつれて嫌な気配がしていた。

精霊も弱々しく、黒々しいオーラが漂っている。不信感は強くなるが、術者の気配はない。

悪霊か怨霊でもいるのだろうかと警戒しながら、本部の扉を開けた。


「失礼、します………ッ」

中に入った瞬間、思わず口と鼻を覆った。

「お姉様?」

鼻の曲がる様な酷い匂いがする。
こんな不浄な気に当てられたのは久しぶりだ。この場所が悪いものの吹き溜まりになっている。

夏だと言うのに鳥肌が立ち、身震いがした。

「おう、きたか」

気さくに渡辺先輩が手を挙げた。

「みなさん、何ともないんですか?」

本部のテントでは私以外は平然とした様子であり、私の様子に疑問符を浮かべていた。

深雪も特に体調が悪いこともなく、心配そうに私の背をさすってくれた。

誰もこんな空気が淀み、停滞し、息をするだけで気分の悪い場所にいて、私以外に何もない方がむしろ恐ろしかった。

「お姉様、体調がすぐれないならホテルに戻りませんか?」

「こっちは良いから、休んだ方がいいんじゃないのか」

「いえ、大丈夫です。それより、一つ確かめてもいいでしょうか」

よほど酷い顔しているのだろうか、渡辺先輩も心配そうに私の元に来た。

「おいおい、真っ青だぞ。無理はするな」

「お願いします。私の杞憂で終わればそれで構いません」

正直、立っているのも辛いが、解決しないわけにはいかない。

ここでようやく兄の言っていた意味が理解できた。

「お姉様」

「大丈夫よ、深雪。念のため、私の鞄を持って来てもらっていいかしら」

憂い顔で背をさすりながら私に寄り添う深雪に、私は仕事用の道具鞄を持ってくるようにと頼んだ。

念のため持って行くようにとは言われていたが、まさかこんなに早く使う羽目になるとは思わなかった。

「分かりました。すぐ戻ってまいります」

深雪は私の言葉の意味する所をすぐさま理解し、急ぎ足で本部を出ていった。

深雪は同室であり、その道具を持って来ていることを説明しているため、迷わず持って来られるだろう。

先輩から椅子を勧められたが、一度座りこんだら立てる気がしなかったため遠慮した。

道具は深雪に任せるとして、私は吹き溜まりの吹き出しの近くに立った。


「七草会長、床のこの部分、切り取ってもよろしいでしょうか?」

「床を切り取ってどうするの?」

「酷い死臭がします」

鼻が曲がるような悪臭だ。

腐敗と血液、汚泥と汚物を混ぜたような匂いがする。

黒と紫、錆色と緑青を混ぜ込んだようなオーラが漂っている。

富士の裾野になぜこんなものがあるのかと疑問に思うが、霊子を見ると鳥の形をとっていた。


「死臭?まさか死体でも埋まっているとでも言うのか」

死体という言葉に動揺が広がった。

「人間ではありませんが、よくないものがあります」

「………分かりました。許可します」

「ありがとうございます」

私の言葉に半信半疑だったが、責任は自分が持つと七草先輩は許可を出してくれた。







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