短編集

□スイング
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私には好きな人がいる。





「折原さん、これ作って下さい」

「え、俺が?やだよ面倒臭い。佐月さんがやって」

「私に出来ないからお願いしてるんです」

「最初から諦めてたら出来るものも出来ないよ?」

「時間無いんでつべこべ言わずやって下さい!」



それはこのやる気の無い上司だ。

といっても、1年先輩なだけの同い年の人なんだけど。



入社したての頃、『よろしく』と差し出された手を握るのは物凄く嫌だった。

実は折原さんとは既知で、その時点で何度も小さな言い合いを繰り返していたのだ。



―この人の屁理屈に付き合わなきゃいけないのか…。



そう思っていた。

けれど…悔しいことに、いつの間にか惹かれていたのも事実である。


仕事はできるし、尊敬するところもある。
そしてかっこいい。




―私って面食いだったんだなぁ…。








「折原さんって、仕事出来るのになかなか素直にやろうとしないですよね」


結局引き受けた資料制作の用紙を眺めつつ、折原さんは『えー』と声を上げた。


「だって面倒だからね。あと君への嫌がらせ」

「嫌がらせ?」

「入社当時、俺を見て凄い嫌そうな顔してただろ?
だからお望み通り嫌な上司になってやろうと思って」

「普通は印象上げようとかいう方向に持っていきますよね」

「嫌われる方が簡単だから」


自嘲気味に笑い、後はすまして資料の読み込みに入る。

私はそれを見ながら、折原さんの言葉を否定した。


「それは――残念でしたね」

「残念?何が?」

「私、折原さんの事嫌ってなんかないですよ」

「……えぇ?」


物凄く意外そうにこちらを見やる。

その視線を真っ直ぐ受け止め、




「だって私、折原さんの事好きですから」


「――――は?」



全く意味がわからない。


そんな顔を思いきりされた。



それから唐突に、理解したのか顔を赤く染める。



「…好き、って…意味、解ってる…?」

「解ってるに決まってるじゃないですか」

「…あれだよね。上司として、好きって意味―」



目を逸らす折原さんが、今まで一度も見たことのない
表情をしているので、何だか心臓が高鳴って仕方がない。


だけど私だって、頑張って告白したんだから…

有耶無耶にしたくはなかった。




「私は折原臨也さんに一人の異性として恋愛感情を抱いています」




きっぱりと言い切り、自分に任された分の資料をまとめる。


流石に私も折原さんの表情を伺うことは出来なかったが、
隣で大いに戸惑っている様子が伝わってきた。


それから話すこともなく、帰社時間を迎えた。



「お疲れ様でした」


いつものように挨拶をして、家路へとつく。

―しかし、



「待って」

「っ」



当然ながら、私の肩を掴んだのは折原さんだった。


まだ恥ずかしいのか、終始目を泳がせているが。



「…この後、一緒にご飯でも、どう」



どう、と言いながら全く疑問系ではないことに
吹き出しそうになりながら、私は了承した。

そこで何の話をするにせよ―良いものを見られる気がする。







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