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□歪んだ顔に泣いてわらう
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好きなの。
だから、どこにも行かないで。
嫌だ、嫌だよ。
誰にも笑いかけないで。
いっそ・・・―――。
首を絞める。
悠太の顔が歪む。綺麗に歪む。
嬉しくなる。
可愛いな。
もっともっともっともっと
苦しんで?
(・・・あたしはなんで、こんなことしてるのかな)
(好きな人の首を絞める、なんて)
(・・・ほんとに、あたしは悠太を好きなの?)
(でもきっと悠太は、こんなあたしを好きになってなんて)
(きっと同情なの。ホントは嫌われて・・・)
(嫌だ。そんなの絶対、だったら、いっそう―――)
だけど死んじゃ嫌だよ
**********
「ぐっ・・・・はっ・・・・」
「・・・・・・」
背中には冷たいフローリング。
そこに無防備にも寝転がったのは失敗だった。
「名前・・・名前・・・っ」
「・・・・・・」
「っっ」
名前を呼べば、さらに呼吸困難になる。
酸素が足りない。
視界が霞みそう。
だけど、必死で意識を保つ。
オレの首を絞める、名前を見つめ続けるために。
「・・・・・・」
「うぐっ・・・・・」
苦しいというより、少し痛い。
首よりも背中が。
感覚が麻痺してきたのかもしれない。
もう慣れてきてしまったから。
「・・・悠太・・・・・・」
「っ・・・な・・・に・・・っっ」
上に跨って見下ろしてくる名前は、どこか虚ろでそれでいて艶めいた笑みを浮かべる。
それでオレの名前を呼ぶ、なんて。
男ならそれなりに嬉しいわけで。
こんな状況じゃなければ、だけど。
必死に保ってる意識の中で、しっかりと受け答えをする。
と、さらにまた手に力が加わってきた。
・・・いつも答えるたびに、力を加えられる。
苦しくなるだけだけど、それは止められない。
「苦しい?」
「・・・・んっ・・・」
「痛い?」
「んっ・・・いた・・・っ」
「悠太の顔・・・」
「・・・・・・っっ」
「苦しそうで痛そうで、すごくかわいい」
「・・・・名前っ・・・」
名前がうっとりと言う。
挑発的な、だけど閉鎖的な表情で。
抵抗しないでいた腕を、ゆっくりと持ち上げた。
そっと、名前の頬に手を添える。
「・・・・・名前っ・・・」
「・・・・・・」
「・・・手・・・離し、て・・・」
「・・・・やだ」
「・・・・・・っ死に、そう・・・っ」
「・・・まだ、ダメ」
「っっ」
ぐぐぐっと、気管が一気に狭まる。
限界は近そうだと思った。
それでも意識を保つ。
名前を見つめる。
添えた手は、離さない。
「・・・・・・」
「っく・・・・・・ぐっぁ」
「・・・・・・」
「名前・・・名前・・・・」
「・・・・・・」
「っ!げほっこほっけほっけほっ・・・」
途端、ふっと手が離された。
一気に空気が入り込んで、思わずむせる。
だけどすぐに、名前に視線を向けた。
名前はやっぱり今日も泣いていた。
「・・・・けほっ・・・名前・・・」
「・・・・・・」
「・・・抱きしめてもいいですか」
「・・・・・・」
いつも情事後はオレを見ない名前を、じっと見つめて静かに問う。
返答はなくても、オレは勝手にぎゅっと名前を抱きしめた。
「・・・・・・好きだよ」
「・・・・・・」
「オレは、名前が好きだから」
「・・・・・・」
「何をされても許せるし・・・どこにも行かない」
「・・・・・・」
「愛してる」
「うそつき」
「・・・・・・」
淡々と声が返ってくる。
ため息をつきたくなるのは我慢して、ただ腕に力を込めた。
信じることができない君は、
それでもオレを精一杯愛してくれてる。
だからこそ、
オレが離れてくのが怖くて、
オレが他の誰かを見てしまうんじゃないかって怖くて、
オレが先に死んじゃうのが怖くて、
でもその恐怖をうまく処理できなくて。
自分の気持ちさえ、信じられなくて。
オレのことも一切、信じられなくて。
君は、オレの首を絞める。
わかってるよ。
それくらい想ってくれてるんだって、オレはわかるから。
だから受け入れられるし、こんなことで嫌いにならない。
それくらいオレも名前が好きだから。
わかってるから、好きだから、だから。
(オレを、信じて)
(自分を、信じて)
(なかないで)
可哀想な子供の、慰め方
(純粋すぎて、可哀想)
(醜い独占欲は、誰にでもあるのに)
(・・・オレにも、ね)
人の気持ちは変わる。それはきっと、自分自身も例外ではなくて。
自分自身も信じられなくて病んでる子。
悠太も実は黒いんだよって話。
信じて、なんて、ね。(オレは本当に、そう思ってるの?)