書庫(短編)

□傍に
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「前科6犯……地獄ね」
 静かに、大王の声が判決を告げる。
 判決とはいえ、事実に基づいて逝く場所を決めるだけの物。
 判決を告げられた死者は怨む様に大王を一睨みすると地獄に向かった。
 大王を怨んだって何も変わりはしないのに、どうしてそんな愚かしい真似をするのだろうか。
「次の………」
「鬼男君」
 次の死者を呼ぼうとした僕を大王が遮った。
「休憩頂戴」
「10分だけですよ…?」
「うん」
 休憩を欲しがるのはいつもの事だからあまり気にしない。
 唐突に、大王が独り言を呟いた。
「俺は、どうして死ぬことが出来ないのかな?」
 皮肉気に呟かれるそれは自嘲を孕んでいて。
 それ以外の感情等ない、喩えるのであれば灰色に霞んだ呟き。
「大王がいなくなったら、死者は溢れ返ってしまいます」
「そうだね、でも俺の後継者と為る者がいれば話も違う」
 そうだったら、僕は新しい閻魔大王の秘書となるのだろうか。
 大王は立ち上がって僕に背を向け続ける。
「そうしたら、鬼男君も後継者の秘書となって俺の下から去る」
 それ以上聞きたくなかった。
 思わず僕は叫んでいた。
「やめて下さい!たとえ後継者がいても僕はアンタの秘書だ。アンタが閻魔じゃなくなっても僕はアンタの傍にいますから」
 思いの丈をぶちまけた。
 自分でも何を言いたかったのかよく分からない。
 大王の背に額を付ける。こうすると少し安心する。
 大王がいる事を実感出来るからかもしれない。
「鬼男君、ありがと」
 大王、アンタはいつだってそうだ。
 決して本心を伝えず、掴み所が全く無くていなくなってしまいそうな。
 だから、ずっと傍にいたいと思う。

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