書庫(短編)

□応えて
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「曽良君」
 こんなダメな私を慕ってくれる多くの弟子の一人―尤も、本当に慕ってくれているのか解らなくなる時があるけど―曽良君の名を呼ぶ。呼ぶけれど、特に彼に用がある訳じゃない。
 なんとなく落ち着くからただその声が聞きたいだけ。
 応えは無かった。
 ちょっと先を歩く、彼の背に向かってもう一度。
「曽良君」
 ようやく、彼は振り返ってくれた。
 やっぱり不機嫌そうに眉間に深い皺を刻んでいるけれど。
 笑って、くれないかな。海の日はもっと後だけど。
「そんなに皺を寄せてると、取れなくなっちゃうよ?」
「用があるならさっさと言って下さい」
 早く本題に入れと手厳しい事を言われた。
 私はそんな彼が一瞬見せた困った様な表情が可笑しくてついつい笑ってしまった。
 曽良君の深い黒の眼が剣呑そうに光った。
「何が可笑しいんですか」
「ゴメンゴメン」
「だいたいさっきから僕を呼んでは何も言わないのは止めなさい。いい加減にしないと断罪しますよ」
「ヒィィィ!!断罪せんといて!」
 だって、聞きたいんだもん。曽良君の声が。
 胸の内で呟いた言葉は直ぐに消える。
「だって返事して貰いたいんだもん」
 彼は聞いていたのかどうなのか判らないけど
直ぐ前を向いてしまった。
 やっぱり声が聞きたくなって、私の声に応えて欲しくて彼の背にもう一度―――――

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