書庫(短編)

□蒼穹
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 宿から出れば、雨上がりの真っ青な晴天が僕と芭蕉さんを迎える。
 昨日の雨の名残の雫があたり一面を輝かせている。
 一句詠めそうな風情ある景色だ。
 無意識の内に頭の中で俳句を考えていたことに気づいて自分でも驚く。
 ふと、後ろを振り向けば芭蕉さんが視線に気付いて手を振る。
 頬が熱くなって、それを見られない様に慌てて前を向き少しぶっきらぼうに、
「早く歩いてください」
と言う。
 本人にとっては何気ない動作なのだろう。
 でも、僕にとってはそれが胸を締め付ける。
 最初はこの感情が分からなくて、混乱した。
 それ故に芭蕉さんに八つ当たりしてしまう。
 そうして泣く芭蕉さんを見てはっとしてその後で見せてくれる笑顔にまた胸が締め付けられて、また混乱して、八つ当たりして――。
 その繰り返し。
 終わりの無い連鎖の中で自分で自分が嫌になる。
 足音がいつまで経っても、近づいて来ないことに気付き、後ろを再び振り返れば芭蕉さんは先程とそう変わらぬ場所で、空を仰いでいた。
 そう、空を。
 ふっと湧いた苛立ちを隠して芭蕉さんのいる場所まで戻る。
「ぼーっと道の真ん中で突っ立たないでください」
 文字通りぼーっとしていた芭蕉さんは、我に返ったように瞬きした。
 その頭を軽く掴んで上を向かせた。
 今度は空ではなく。
 僕の方へ。

 あなたが振り仰ぐのは、僕だけにしてください。

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