書庫(短編)
□台風
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うだうだと暑かった夏も終わり秋がやって来た。
この季節、朝廷を始め人々を悩ませる物がある。
稲を倒し、川を溢れさせ、家屋を吹き飛ばすあれだ。
そう、民が憎んで余りある嵐だ。
妹子は嵐の影響で自邸にいた。
この天候で、出歩くのは危険ということで急遽有給をとった。
外では風が唸りを上げ、大粒の雨が邸に叩きつけられる。
「すごい風だ…」
一人感嘆の声を挙げ、妹子はつまらなそうにぐてりと某俳聖のぬいぐるみの様になっている。
ガタガタと音をたてる天井を見上げて妹子は溜息をつく。
暇だ。
仕事もつい先日溜まっていた分を終わらせているから無い。
そんな怠惰な静寂に包まれる小野邸の玄関の戸を誰かが叩いた。
「……今行きます…」
ぼそりと呟くと立ち上がる。
誰かは大体分かっている。
緩慢な手つきで妹子は扉を開ける。
こんな時にも来るような人は一人しかいない。
外にいたのは、やはり馬鹿男―もとい聖徳太子その人であった。
その能天気な顔を見て、妹子は再び溜息をついた。
「ちょ、おま…人の顔見て溜息って!」
太子は機嫌を損ねて眦を吊り上げる。
そんな太子に構わず、妹子にしては珍しく簡単に太子を家に招き入れる。
「早く入ってください。濡れて風邪引いたらどうするんですか」
さっきまで膨れていた太子は途端に笑顔になると遠慮なく入ろうとした。
しかし、そこで妹子に止められる。
「待ってください、びしょびしょのままで家にあがらないでください。先にこれで拭いてからです」
そう言って手拭を渡す。
妹子から渡された手拭で雫を拭き取り、太子はようやく小野邸に上がった。