日向龍也
□溜め息ラプソディー
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「……はぁ」
思わず出てしまう溜め息。
呆れてるとか腹立たしいとか
そういうことじゃない
「あいつはどうして音に全部出るんだろうな」
龍也は、ポツリと呟いて脳内に作曲者を思い浮かべた。
課題曲は、至ってシンプル。
"恋"
聴いているだけで切なくて……苦しくて……
あいつは今こんな気持ちなのかと思うと、尚更だ。
アイドルであり教師である龍也と、作曲家である春歌が気持ちを通じ合わせたのは、ほんの数ヵ月前。
無事早乙女学園を卒業した彼女とは、未だに内緒の恋人。
先日、他愛もない会話をしていて課題曲の話になり、久しぶりに自分も学生気分で作って、龍也に採点して欲しいとポツリと呟いた可愛い彼女。
「いいぜ?」
今のSクラスの奴等のいい刺激材になるだろうしと、簡単に了承したが……
「今の俺との付き合いは……こんな感じなのか?」
内緒とはいえ、出来る限り大切にしてきたつもりだ。
それでも……やはり彼女には無理ばかりさせているのだろうか?
「…………」
暫く考えた末、龍也は真っ白な紙にペンを走らせた。
"今日は課題曲の採点結果教えるから、事務作業早めに片付けて飯にするぞ"
そんなメールを受け取った春歌は、頬をほんのり赤く染めてニコニコと曲作りを再開した。
旅行会社からの依頼で、ターゲットはカップル。
"絆をもっと深める旅行"がコンセプト。
「ドキドキして……ワクワクして……」
目を閉じて、龍也と旅行に行けたらどんな気分だろうと想像してみる。
「ずっと一緒にいられるなんて……幸せです」
そのまま鍵盤を弾いていけば、春歌の部屋から響き渡る音色は夕日が沈むまで途切れなかった。
キリのいいところで作業を切り上げた春歌は、身支度を整えて事務所に向かった。まだ来ていない龍也に安堵し、春歌は慣れた手つきで書類を分け、コピーを取り、ファイルに仕舞い、学園長の判子が必要な物に付箋を付けていく。
元々黙々とした作業は好きだったから、春歌は事務作業をすぐに覚えた。
未だに苦手なのは、電話でのやりとり。
なるべく慣れようと頑張っているのだが、中々上手くいかない。
恋人とはいえ仕事に厳しい龍也だが、努力をしているのが分かっているから、春歌が電話に出るとサポートをしてくれる。
早く頼れる存在になりたいですっ……
春歌はパソコン画面に向かいながら、気合いを入れた。
そして、ふと過った課題曲のこと。
初めての恋をした
気持ちが溢れて、どうしようもなくなる
そんな初めての恋の最中に書き留めておいたスコアから曲目を完成させたのだ。
「あ……」
そんなことを考えていると、メロディが浮かんできて、春歌は慌てて鞄の中から五線譜を取り出してペンを走らせた。
浮かんだのは、軽快なポップソング。
龍也を考える時間は、いつの間にか切ない時間から優しくて楽しい時間に変わったのだ。
楽譜を見て微笑んでいると、顔の横から腕が伸びてきて、それをひょいと奪われた。
驚いて振り返れば、そこにはいつの間に居たのか……相変わらずスーツをきっちり着こなした龍也が立っていた。
「えっと……おかえりなさい?」
急な出来事に混乱しつつ、春歌は龍也の表情を伺った。
あれ……?
何か……怒ってるような……?
「……」
難しい顔をしたままそれを見ていた龍也は、急に乱暴にデスクに置く。
バンッという音に春歌がビクリと縮こまると、龍也はひょいと抱き上げてリビングにあるソファに向かった。
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