日向龍也
□大人気ない俺と無自覚な君
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これは正式にシャイニング事務所所属の作曲家になった春歌が、寮に住むようになった頃の事……。
作曲の仕事をしながら経理や事務作業をする春歌は、今では龍也の"あれ"とか"それ"とかいう言葉にも的確な反応で応えられる万能助手。
助かる……。
ミルクの入ったコーヒーを飲みながら、龍也はちらりと彼女を盗み見る。
いつもの無邪気な表情が一変して、真剣な面持ちでパソコンに向かう彼女が頼もしく見える。
たまにミスするが……。
でもそれもご愛嬌。
「せん……あ……えっと……龍也……さん」
先生と呼ぼうとしてしまい、真っ赤な顔で慌てて言い直す春歌。
「どーした?」
「えと……また……窓ガラスが……」
……バカ社長め……。
龍也は盛大な舌打ちをしてから、春歌のデスクから領収書を拾い上げた。
「今月はこれ以上削るのは無理だからな……あのバカ社長のポケットマネーでイケるだろ」
たまにはこの位の罰が必要だと、龍也は呆れ顔で言った。
「……と、もう21時か」
「へ!? あっ! ご飯の支度……洗濯物仕舞わなっっっっ」
勢いよく立ち上がった春歌だが、その状態のまま動かない。
よく見るとうっすら涙目になっている。
「ったく……落ち着けって言ったろ」
溜め息混じりに"どうした?"と近寄ると、どうやら小指をぶつけたらしい。
「お前は……この前スネ打って痣作ったばっかだろうが……」
「す……すみません」
怒っているのではなく、心配をしている。
それを分かってくれている春歌には、龍也はあまりキツイことは言わない。
「しょーがねぇな……」
よいしょと掛け声を上げて春歌を抱き上げると、ソファに向かう。
横抱きのまま一緒に座ると、片腕は春歌を支える様に肩に添えたままで、小さな足の指先を擦る。
「洗濯物仕舞ったら、ウチに来い」
「でもっ……龍也さん明日は朝から撮影が……」
「お前も連れてくからな」
「いいんですか?」
お留守番だと思っていた春歌は、パッと笑顔になる。
「明日の撮影にいるプロデューサーとかは顔見知りになっといた方がいいしな」
「が……頑張りますっ!」
拳をグッと握り締めた春歌の意気込みに、龍也は思わず笑ってしまう。
それにしても……ウチに来いと告げて……甘い空気にならない自分を褒めたいと同時に、狼の言葉を忘れたかの様に喜ぶ春歌が少し苛立たしい。
かといって、怯えられても困るんだがな……。
あの時は自制出来たが……今は正直自信が無い。
まぁ……少しずつ教えるのもアリだよな。
なんて大人気ない俺と
何も知らない無自覚な君
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