長編・中編・シリーズ

□狂人指定区域
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雪解けの風の匂い。
雪の暖かい喉やかな日差し。
まだ少し寒さを含んだ空気に俺は首もとのマフラーを少々上にずらした。

周りには友達と会えたのだろう、楽しそうな。
しかしどこか緊張を孕んだ声でこれからのことを語りかけている。

今日は殆どの高校が入学式に該当する日である。
そして、今から俺が向かっている場所も例外なく入学式が始まる高校だ。

『私立帝光高等学園』

様々な資産家や著名人が通う俗にいうお坊っちゃま学校。
幼少から大学までエスカレーター式であるこの学校に編入してくる人は少なく、殆どの生徒は大学までをここで過ごす。
そんな立派な学校に俺はこれから編入することになっていた。

まぁ、話は簡単だ。
アメリカから父親の帰国について来ただけ、と言ったらそこまでの話なのだ。
少し話を掘り下げると、一緒に帰国した父親は仕事を熟した後にお金と息子を置いてまたアメリカに戻って行った。
つまりは慣れない土地である日本で一人暮らしを強いられてしまった。

大変、遺憾の意である。

ある程度の資産家である父がこの学校の編入手続きをしてから国を出たのは微力ながらも支えになったのだが。
不慣れな土地は俺に不安しか与えない。
これから一人で生活など出来るのか。
友達はできるのか。
一体何をすれば最前なのか。
答えの出てこない不安ばかりが繰り返し頭の中を交差する。
不安だけに包まれながら俺は帝光高等学校の門を潜り抜けた。








第1話「spring comes」















指定された教室に向かう俺の脚は自分が思ったよりも重かった。
足を引きずるようにして、賑やかな声の聞こえて来る一学年の廊下に出る。
エスカレーター式であるこの学校には生徒に固定のグループがある。
教室に着いた女の子が目を輝かせて既存の生徒へと駆け寄る姿はそれを肯定している。

教室に着いても俺の緊張は止まることを知らなかった。
異物を見るような不快な視線が四方八方から刺さる。
もはや、溜息をつくことしかできなかった。

溜息はそんな俺にかかる声とほぼ同時に教室に響いた。

「なぁ、お前編入生?」

肩が、震える。
決して話しかけられることはないだろうと高をくくっていた手前、その声は俺にとって予想外の事だった。

下がり気味だった目線を声にむけると人懐っこそうな笑みを浮かべる少年が机に手を置いて俺を見ていた。
どう見たって俺に声を掛けている。
口を開いてどうにか少年に声をかけようと思ったが、緊張で声は出なかった。
かすれた息だけが口から洩れたのに気付いたのか少年は俺の顔を覗き込む仕草をした。

「どうしたの、大丈夫?」

「………大丈夫。」

漸く出た声は一言のそっけないもので。
焦った俺に気にしていないかの如く少年は笑った。
笑みは無邪気なもので自分はひどく落ち着いたのを覚えている。
跡になって考えてみれば、彼の性格上気を使ってくれたのだろうがその時の俺にはこの動作の真意など掴めるほど余裕はなく、また彼と深い友好があるわけではなかった。

「そう、編入してきたんだ。」

「この学校では珍しいことだね。」

少年は茶化すように言った。

「今までは何処にいたの?」

「アメリカ。」

「うわっ、もしかして帰国子女?」

「もしかしなくても帰国子女。」

始めて会ったはずの少年との会話は思いの外テンポよく進んでいった。
さっきまでの緊張を忘れてしまうくらいであり、場になじんでいたかのように会話は繰り返された。
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