短編

□ハロウィン前夜
1ページ/1ページ


※ハロウィン夢前編。
途中くだらない会話してたりします。かっこいいダクイレ好きな方はご注意を!



響いたのは、地を揺るがす音。微かに突き上げるような振動。

何事かと首を巡らせる。
幸いにも私が立っていたのは断崖の上だ。
足元には石英と氷柱の洞が、眼下には紫水晶の森が広がる。
視線を走らせると、異変はすぐに見つかった。

広大な紫水晶の森。その一画が盛大に欠けているのだ。


「何事なのアレ…?」


欠けている、という言い方は正しくないかもしれない。
正確には「はっきりと認識ができない」状態だ。
土地が欠けているワケでも、空間が欠けているワケでもない。しかしよくは見えない。見えないながらも、そこに何かがあるということ自体はわかる。

さて一体何が、と改めて目を凝らそうとした時…断崖の下から黒い影が飛び上がってきた。
耳に届くのは鋭い舌打ち。


「チッ、あいつら俺の領域に着いたのか…ウゼェな」


空中で一度体を翻し、影は私の隣に降り立った。


「グウィン」


断崖を一飛びしてきたのは、眼下の紫水晶の森の主。
名前を呟くと、じろりと翡翠の視線が寄越された。
眼光鋭いそれは、しかし心底不機嫌なワケではない。馴染みの者に悪態をついているだけ、といった雰囲気だ。

グウィンの言う「あいつら」とは何なのか。その疑問を口にする前に、ひんやりとした風が頬を撫でる。


「サーカスのお出ましだな」


ひゅ、と一瞬渦を巻いた凍て風。それが流れたあとには美貌の青年が立っていた。
石英と氷柱の洞の主。ブルー・ダストだ。


「さて、お出ましかご帰還か…。彼らの華やぐ時期が来たのは間違いないだろうけどね」


こちらは何の前触れもなく。
意識の空白の隙を突くようにすんなりと姿を現したのは、金砂と蝕の空間に棲む兎だ。
悪夢の国のマーチラビット。

夜に生きる軍勢の中でも特に懇意にしてもらっている三人(二人と一匹とも言えるが)、その彼らが一堂に会するという希有な状況に、私は思わずぽかんと口を開けた。
紫水晶の森に起きた異変は、こんな状況を呼び込むほどの異変ということなのだろうか。


「どんなサーカスなの…」


心の呟きが漏れた声に、マーチラビットがことんと首を傾げる。
鮮紅の瞳をゆっくりと瞬かせて、答えを投げてくれた。


「君も名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかい? 『ペイルムーン』だよ」

「底抜けに陽気な気狂い共のサーカスだろ」


肩を竦めて言い放ったグウィンに、ブルー・ダストが胡乱な目を向けた。
言いたいだろう台詞を彼の代わりに口にする。


「どこかの誰かが言えた義理じゃないよね…」

「はん? どこの誰だよ」


グウィンの笑みがちょっと危険な色に染まったので、ひっそりと口をつぐんだ。
どうせ私が一番立場弱いですよ。ニヤニヤしている気狂いダークエルフが憎い。ちくしょう憎い。

歯噛みしていると、いつの間にか私の背後に立っていたマーチラビットがぽんぽんとなだめるように頭を二三度撫でてくれた。優しい兎はにっこり笑う。


「脳みそまで刃に変えたようなどこかのピンクロン毛のことなんて、君は気にしなくていい」

「なんだとクソ兎」

「おやおや…、どこかの誰かに心当たりでも?」


一瞬いきり立ったグウィンを見つめ、マーチラビットがすぅと鮮紅を細めて笑みを刻む。
やたら空気が冷たい。間に私を挟んで睨みあうのは勘弁して欲しい。

こうなると最早頼みの綱は、まさかの氷結そのものである彼しかいない。
そんな彼を探して視線を彷徨わせると…ブルー・ダストは私達から数歩離れた位置で全然違う方向を向いていた。
くっ、ホントそういう奴だよ! 冷たいマジで冷たい!!

ブルー・ダストをジト目で見つめ…程なくして気付いた。故意に距離を取ったワケではなく、森の異変を眺める為に断崖の方へ数歩寄っただけらしい。
まぁ我関せずを貫かれたというそんな心の距離は感じたけれども。


「どうやらキャラバンは停まったようだ」


ブルー・ダストの言葉に、冷やかな視線で無言の応酬をしていたグウィンとマーチラビットが、その視線を森へと転じた。
つられ、自分も紫水晶の彼方を見やる。

はっきりと認識できなかったはずの空間は、今では苦も無く認識できる。
そこにある何かが見てとれる。紫水晶の森には決してなかったはずの何か。


「テント…?」


色鮮やかな大テント。この距離からも見えるということはそれだけ巨大なのだ。
本来なら数日掛かりで立てるだろうそれが、ほんの短い時間で出現している。
ペイルムーン。ダーク・ゾーンに属する不可思議のサーカス。


「そういう奴らなんだよ。どこからともなく現れることも売りの一つだ」


グウィンの短い説明をマーチラビットが引き継いだ。


「あのサーカスそのものが、彼らの領域なのさ。悪夢の国が『どこからでも繋がっている』ように、彼らのサーカスは『どこにでも現れる』。いつも隣にいるのが僕らなら、いつでも隣に来るのが彼らなんだよ」

「その言い方だけ聞いてると、まるで押し掛けてくるかのようだね」


へぇ、と頷きながら兎の説明を聞いていると、グウィンが鼻を鳴らす。


「実際押し掛けだろ。今回あいつらがキャラバン着けたのは俺のところだぞ」

「お前の森は無駄に広いから支障はないだろう?」

「黙れ引きこもり」

「節操なしのオープン男に言われる筋合いはないな」

「はっ、なら言い換えてやろうか。プラトニックぶったムッツリ野郎様?」


そのままじっとりと睨み合いそうな紫と青を見つめ、兎がやれやれと嘆息した。


「戯言は口先でするものだろうに」

「…この面子で集まると会話が進まないんだね」

「いちいち反発してくる人がいるから。面倒くさいことだよ」


マーチラビットと顔を見合わせ、わざとらしく深い溜息をついてやる。
すると、不意に翡翠をこちらへ向けてグウィンが笑った。
ニィ、と。それはそれは悪どい笑顔で。


「……マイヴァンガード」

「な、なに」

「せっかくだから、サーカスまで案内してやろう。滅多にある機会じゃないんだ。見ない手はないだろう?」


サーカスを案内してくれる。あんな巨大なテントを立てる規模のサーカスを。
ペイルムーン。私も名前くらいなら知っている。
魔獣と派手な出し物と、それからどこかおかしい演者達。煌びやかな不穏のサーカス。
それらを含めてなお絶大な人気を誇る公演の数々。惹かれない理由がなかった。


「うん、…行きたい!」


底抜けに陽気な気狂いサーカス。
そう言っていたグウィンが自ら笑顔で誘ってくるという事実の恐ろしさを見抜けないまま、私は衝動的に頷いていた。
というより、ブルー・ダストもマーチラビットも特に反対をしなかったので、多少油断していたとも言う。

私は忘れていたのだ。
グウィンに比べるとまともに見える彼らも…ダークイレギュラーズであることを。
そして、――次の夜の意味を。この時の私は完全に忘れていた。

next soon… 2011.10.30.


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ