短編
□Smile type
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「さぁて、騎士王様。今日こそは机から一度も離れずに仕事をしてもらいますよ」
ニッコリ。
音をつけるならそんな感じでこの断罪の騎士―ボールスは微笑んでいるというのに、まったく隙がない。
誰かが微笑んでいる状態というのはこんなにも微妙な気持ちにさせるものだったか。少なくとも自分の記憶にはそんなことはない。微笑みはもっと優しいものだったはずだ。
もちろん、相手が自分を好意的に思ってないうえでの微笑みならけして優しいものには思えないが。
しかし、今のボールスの笑みはどちらでもない。
「…」
「まずはこれからお願いします」
やはりニッコリ笑ったまま、ドサリと、紙の山(束ではない。山)をアルフレッドの目の前に置く。
その置かれた量にアルフレッドは表情を崩すことはなかったが、内心若干驚かずにはいられなかった。
自業自得な分も含めても、これは多すぎる量だ。
「…ボールス」
「はい?」
「山が少し高くないか?」
「お言葉ですが騎士王様。あなたの立場でこなさなければならない仕事というのは、少し怠るだけでもこうなるものですよ。騎士王様でないと出来ない仕事ばかりなのですから」
正論といえば、正論だ。
十数枚ほど山から取り、アルフレッドはザッと目を通す。
「…アーリーでもいいものが混ざっている気がするのだが」
「気のせいです。さあ、ちゃっちゃと片付けてください。貴方ならそれくらいなんてことないでしょう?」
「……」
ボールスは笑みを崩さない。
女性ならば、その笑みに胸の鼓動が早くなったり、衝撃のようなものが駆け抜けたりするのだろう。
自分は針のムシロにいる気分なわけだが。
これならいっそ、ガミガミ怒鳴られた方がマシだ。泣いて頼まれた方がマシだ。
(…そういえば、騎士団にはそういうタイプがいないな)
ふろうがるは、中々に物を言う性質であるが、相手はやはり自身と同じ階級だったり近しい者だったり。アルフレッドと顔を合わせても、なるべくお行儀良くしていようという態度でいる。
いつも勝ち気なふろうがるだからこそ、そこが愛らしいのだけど。
逆に泣いて必死に頼んでくるものはまるでいない。
困った顔や呆れたような顔、表情に全く出さない者もいれば、逆に自分が仕事を抜け出しているのを楽しそうにしている者もいる。
(…つまり、ボールスのこの笑みは少数派なわけだ)
どれにも属さない、表面だけは優しい笑み。
多分、否、腹の内では確実に怒っているのだろう。
(これなら…)
「ガンスロッドは甘いですからね。今日はしっかりやってもらいますよ」
「……よくわかったな」
「こんな状況で思うことなんかたかが知れてるでしょう」
しれっと言ってのけるボールスはやはりニッコリ笑ったまま。
無表情で言われるのも中々冷えるものがあるが、笑って言われると言葉の鋭さが増している気がする。
無闇に口を開かない方がいいのだろう、と賢明な判断を導き出し、アルフレッドは真面目に向き合い始めた。
(…小一時間もあれば、半分以上消化できるくせにこの量は多いというのだから…仕事をさせる側としては難儀ですね…)
まあ、ある意味楽とも言うだろう。
アルフレッドが真面目になったところで、ボールスも笑みを消し、自分の仕事に取りかかる。
見張りももちろんだが、自分は自分で仕事があるのだから、そちらを疎かにしてはいけない。
沈黙が落ちるようになってから一時間。執務室の窓から、よく知った青年の姿がアルフレッドの目に入った。
(……)
そっと、ボールスに気付かれないように一枚便箋と封筒を取りだし、一言書いて引き出しにしまう。
手紙の相手は、いつも手合わせをしている相手だ。
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