短編

□500mlの優しさ
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ふと思った。
調味料というものは何故こうも一斉に切れてしまうのだろうか。



≪500mlの優しさ≫



近所にあるスーパーの自動ドアをくぐった瞬間、携帯が震えた。
メールの着信を知らせるそれに気付き、開いて確認する。
親から届いたメールは簡潔なものであった。


『ついでに味噌と醤油と砂糖買ってきて』


こうである。
私をお使いに送り出しておきながら、まさかの追加指令。先に言えよ。
しかもやたらと重いものばかりだ。明らかに親が車を出した方が早かったろうに…。

そう思いはするものの、…私が買い物に出た時には既に母親は台所に立っていたのだ。料理の最中に調味料の不足に気付いたのであろうことは、容易に予測できた。
こんなに重いものばかりなのは、決して徒歩の私への嫌がらせではないはずだ。

やれやれ。口中でそう嘆息しつつ、買い物かごを手に取る。
重さはともかく数はそこまで多くないので、カートは使わなかった。

数分後に全力で後悔したが。


(……重い)


最初に頼まれていたキャベツ一玉、そして追加の味噌(1キロ)と醤油(1リットル)と砂糖(やはり1キロ)。
それらを入れたカゴを両手で支えつつ、私はレジに並んでいた。
劇的に重いワケではないのだが、確実に重いのだ。持っているとじわじわと重量を実感する。

しかしレジのお姉さんが美人でおまけに笑顔の可愛い人であった。元気出た。
思わずつられて笑顔になりつつ、お会計の時にレジ袋の不要を伝える。
母親はしっかりと私にエコバッグを持たせていた。最近はエコバッグもすっかり浸透したものである。いいことだ。

エコバッグあります、と伝えた時のお姉さんの笑顔に癒されつつ、よしもうちょっと頑張れる!と重いカゴを持ち上げた。
会計済みの品を袋詰めする為の台(余談だがサッカー台という名前らしい)に体を向けた時。

そこに三和くんがいた。サッカー台に寄りかかって立っている。
おまけに笑顔でこちらに手を振ってくる。先程のお姉さんにも負けない眩しい笑顔で。


「よっ、こんばんはー」

「あ、うん。こんばんは…?」


何故ここにいる。そしてどうして私に挨拶をしたのだろう。
疑問が顔に出てしまったのか、私の表情を見た三和くんは苦笑した。


「クラスメートに挨拶くらいしたっていいだろ」

「ああ…」


なるほど。合点が行って軽く頷きを返す。
会計を済ませたカゴを持ってサッカー台に近づくと、三和くんが場所を開けてくれた。
他の場所が空いているので別に三和くんが避ける必要もなかったのだが、わざわざ身を避けてくれた厚意を突っぱねることもあるまい。そのスペースにカゴを置いた。

エコバッグを取り出して広げ、買ったものを詰めていく。
端に醤油を立て、横に味噌、その上に砂糖、一番上にキャベツ。
いささか適当な詰め方になったせいかキャベツの安定が悪いような気もするが、詰め直すのもめんどくさい。まぁいいか。

それらの作業をしている間、隣で三和くんはこちらをじっと見ていた。
なんだろう。クラスメートが袋詰めしている様子を眺める趣味でもあるのだろうか。


「変な趣味だね」

「へっ?」


しまった口に出た。


「いやごめん、気にしないで。妄言が口から出ただけだから」


勝手な三和くん像を作り上げた上で「変な趣味」とか私の頭の方こそちょっと問題だ。
しかし何故か隣に立ったまま私を見ている三和くんも謎ではある。行動が謎だ。
彼にも思うところがあったのか、お互いに軽く首を傾げてしまう。その状態で視線がかち合った。


「何?」

「んー…、もしかしてそれ、一人で持って帰るつもりなのか?」


それ、と示されたのはエコバッグ(約3キロ)。
一人でも何も、お使いなのだからもとより一人である。もちろん持って帰るのも私だ。


「そうだけど」


おかしなことを訊くものだ、と思いつつサッカー台からエコバッグを持ち上げる。
重いと言えば重いが、持てないほどではない。家も近いし問題はないだろう。
手に提げたエコバッグを肩掛けにしようと大きく持ち上げる、その途中で。

三和くんがすっと腕を伸ばしてきた。

予想もしてなかった動きにとっさに後ずさる。
エコバッグを抱えたまま思わず三和くんを凝視。何だというのだ。


「これはうちの夕飯になる予定なので三和くんには譲れないのだけれども」

「いやいや、なんでそんな方向に飛躍するかな。俺、持つよ?」

「何を」

「荷物」


はぁ?
訝しく思った感情がそのまま顔に出たらしい。
伸ばした腕を所在なさげに揺らしながら、三和くんが苦笑した。


「って、そうだよなー。俺にこんな申し出されても困るか…。何やってんだ俺」


自分の行動に、自分で小さく笑うような表情。眉を僅かに下げたそれは、戸惑っているようにも見えた。
いや、戸惑ってるのは私もなんだけど。


「三和くんが持っても重いと思うよこれ。じわじわ来る重さだし」


そう告げると、得たりとばかりに頷かれた。


「じゃあ、なおさら俺が持つよ。チャリで来てるし、ハンドルに提げて運べばお互い重くないじゃん?」

「え、あー、うん。うん…?」


あれ、おかしいな。
そもそもクラスメートでしかない三和くんに荷物を持ってもらうという話がおかしかったはずなのに、会話運びを間違えたらしい。
最終的に、どうしたら重さを感じずに荷物を持てるかという話に向かっている。

そして三和くんの自転車の存在が問題を解決してしまった。

見つめる先で三和くんはにこにこしながら手を差し伸ばしてきているし、今更とっても断りにくい。
腹を決めて、厚意を受け取ることにした。


「ありがとう」

「どーいたしまして」


お礼の言葉を言っただけなのに、一層笑みを深くした三和くんが私の手から颯爽とエコバッグを取り上げた。
中身の重量は変わっていないはずなのに、彼が持つとなんだか軽そうに見える。基礎体力の差だろうか。

自動ドアへと向かう三和くんの半歩後ろを歩きながらその姿を眺めてみた。
金というよりは黄に近い明るい色の髪は、彼なりの法則でもあるのかツンツンと飛び跳ねるようにセットされている。
三和くんのにこやかな雰囲気と相まって、立ち姿そのものがどこか楽しげだ。


(向日葵みたいだなぁ)


すっとした長身と、鮮やかな髪色。咲き誇る向日葵に似ていた。
自動ドアをくぐった先で、三和くんが不思議そうに振り返る。


「ん? どうかしたか?」


向けられた瞳は青だった。すっきりと晴れ渡った空の、一番高いところの色。
覗き込まれて、足が止まっていたのだと気付く。


「あ…、ごめん。つい眩しくて」

「眩しい〜? もう夜に近いぞ」


おかしそうに三和くんが笑う。
空の瞳を細めて、向日葵の髪を揺らして。

夏のような人だと思った。
晴れた真昼の空気。熱くて仕方がないはずなのに、わくわくとさせる予感に満ち、気持ちがどこまでも膨らんで広がるような。
何より鮮やかで眩しい、あの季節。


「うん、三和くんの笑顔が眩しくて」

「えっ…」


思ったままを告げる。きょとんとされた。
開きっぱなしだった自動ドアをくぐり横に並んだところで、三和くんはハッとしたらしい。数度瞬きをしてから小さく噴き出した。


「そんなこと初めて言われたよ。おかしな奴だなぁ」

「そうかな。言わないだけで思ってる人は多そうだけど」

「ふーん…?」


首を傾げながらも、彼の目には笑みが滲んでいる。相槌すらも楽しそうな雰囲気で。
基本的に話しやすい人なのだろう。纏う空気も、表情も、人好きをするものだ。
現に私も、三和くんと話すのは楽しい。今の今までろくに会話をしたこともなかったというのに。

自動ドアを出てすぐの位置にあった駐輪場から自転車を引き出して、何気なく三和くんが口を開いた。


「俺はさ、お前の笑顔も眩しかったと思うよ」


がちゃりと鍵が外して、彼が笑った。
にっ、と口端を持ち上げて浮かべる男の子然とした笑み。


「……お世辞は真に受けないことにしてるんで」


とっさにそう返す。危ない、今何かを三和くんに持って行かれそうになった。
自分の鞄を籠に入れ、エコバッグを右のハンドルに提げた三和くんは笑いながら口を尖らせる。


「心外だなぁ、マジでそう思ったんだけど」

「私は眩しく思われるほどの笑顔を学校で浮かべた記憶がないんですが」

「うん、だから」


はぁ?
そう思ったのが再び顔に出たらしく、視線を受けた青い瞳が緩められた。
トントンと右ハンドルを指で叩いたあと、片手が三和くんのバッグへと伸ばされる。
現れたのは二本のペットボトル。そのうちの一本がこちらへと差し出された。


「え、何これ」

「あげる」

「……ありがとう」


どうして私に、とは思ったが、くれるという厚意を有り難く頂戴することにした。
ほんのり汗をかいているペットボトルを受け取る。ひんやりと冷たかった。


「俺さ、自分から袋要らないって言ったことなかったんだよね」


言葉を受け、ふと視線をペットボトルへ落とす。くるりと回すと、バーコード部分に店の名前を印刷したシールが貼られていた。


「お前を見かけたのは偶然なんだけど。買い物してるだけなのに、ニコニコしててさ」


ガシャンと音を立ててスタンドが強く蹴り上げられた。
車輪が弾むように接地する。


「なんか、良いなと思って。そしたらお前に声かけてたんだよなぁ」


へへっ、と声を上げて三和くんが笑う。少しだけ恥ずかしそうに、でも満足そうに。
不覚にも鼓動が強く音を立てる。二度目の不意打ちで完全に持って行かれた。


「三和くんは、……鮮やかだね」

「んー? 何の話だ?」

「なんでもないよー」


ちょっと語尾を伸ばす話し方を真似して返し、くすくす笑う。

夜が近づく時間、吹き抜けた風に夏の匂いが混じっていて。
三和くんの隣を歩きながら、私はゆっくりとペットボトルの蓋をひねった。


20110630

 

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