短編

□ささやかな祝福を
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……彼女が浮かれている、と聞いたのは一体誰からだったか。
そう考えかけて、息をつく。
特定することに意味がないほど、城中で噂になっていた。

現に、ふらりと目の前に現れた騎士もその話題を振ってきたのだから。


「ふふ、女性が楽しそうに笑っていると華やかですよね。そう思いませんか、ボールス卿」

「……何をしに来た、トリスタン」

「これといって用事は特に」


そう言って、トリスタンはにこやかに笑う。
浮かべた微笑で落とせぬ女はいない、そう囁かれる騎士。


「まぁ正直に申し上げると、貴公に探りを入れに来ただけです。彼女に笑顔を浮かべさせているものの正体をご存知ではないかと思って」


返事の代わりに、ただ一瞥する。
小さく首を傾けたトリスタンは、穏やかに笑みを重ねただけだった。


「お邪魔したようですね。それでは私は失礼するとしましょう」


優雅な一礼だけを残し、来た時と同様にふいとトリスタンは去って行った。
音には出さず息を吐く。本当に食えない男だ。

視線を動かすと窓の向こう、回廊を歩く彼女の姿が見えた。
手には一枚の紙。それに目を落としては嬉しそうに微笑んでいる。
書物庫の中、わざわざトリスタンが足を運んできたのもあれが原因なのだろう。
せっつかれていたことは理解している。同時に、少しの挑発を受けていたことも。


「……まったく」


不本意ながら、読みかけの本を閉じた。



≪ささやかな祝福を≫



紙に目を落としては、どうしても頬が緩んでしまうのを自覚していた。
嬉しい。まだ始まったばかりなのでは、と思うがそれでもこの結果は嬉しかった。
ついつい鼻歌まで漏れそうになった時。

回廊の先に、人の姿を見つけた。
少しだけ不機嫌そうな顔でこちらに歩いてくるのは…。


「ボールスさん!」


思わず背筋が伸びる。
浮かれすぎだっただろうか。うるさかったかな。
断罪の騎士の姿を見ると、その厳粛な雰囲気のせいか反射的に気が引き締まるのだ。

姿勢を正して直立していると、目の前まで歩いてきた騎士がついと視線を向けてくる。
感情をあまり読み取らせないその眼差しに、ますます緊張した。
小さく息を吐いたボールスさんは静かに口を開く。


「……先日から浮かれているようだが」


やはり。
もしかしてあまりにも浮かれて城の規律を乱したりしたのだろうか。


「すみません、ご迷惑をおかけしましたか…」


怒られるかと身を小さくしていると、ゆるく首を振られた。


「そんなことはない」

「え」


でもさっき機嫌悪そうだったのに。
そう思って顔を上げると、今はもう特に不機嫌でもなんでもないようだった。
なんだろう、私じゃない要因だったんだろうか…?
不思議に思ってボールスさんの顔を見つめていると、不意に彼が表情を緩めた。


「嬉しいことがあったのだろう。私とて、喜ぶ気持ちを咎めるような真似はしない」


思わずぽかんと口が開く。それを見た彼は微かに眉根を寄せた。


「何故そんな顔を」

「え、あ…、ちょっと意外で」


ついぽろりと出た本音に、氷のような眼差しが返される。


「……どう思われていたのかよくわかった。覚えておこう」

「うわ、すみません…!」


ああ、でも。咎める気はないと言った断罪の騎士。
喜ぶ人を、嬉しいと思う気持ちを大事にしてくれる、そういう人なのだ。
そう思うと、再び口元が緩む。
一つ溜息を吐いたあと、ボールスさんも小さく笑った。


「心から喜んでいるのだと伝わってくる。つられて城中の者が微笑ましい気分になるくらいには、な」

「そ、そんなにですか!?」


道理で最近すれ違う騎士やハイビーストたちから妙に優しい視線を向けられていたはずだ。そういうことだったのか。
気恥しさに耐え切れず、意味はないとわかっていても思わず持ち上げた紙で顔を覆い隠す。照れやら恥ずかしさやらで顔は赤くなっているだろう。

白で遮られた視界の向こうで、くつりと喉を鳴らされた。


「私からも」


言葉と共に伸ばされた指が、つ、と紙背をなぞる。
私を喜ばせる数字が記された位置を、裏面から正確に捉えて。
はっとして顔から紙を離す。

見上げた先で断罪の騎士が嫣然一笑した。


「その喜びに、祝いを」



20110325
(rot様のサイト1000hitのお祝いに代えて)


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