(※マルコ)
(※ランダム3種)
ピピ…と小さな電子音がなってそれは起動した。
「…システム起動。はじめまして、俺はマルコ。あなたがマスターですね」
買ってしまった。ついに買ってしまったわ!モビーディック社のアンドロイド!TYPE001:MARCO…!噂に違わぬ出来の良さね、びっくりした。
「…マスター?」
なんと私のボーナス三回分です!
笑っちゃうくらいお高いのはノーマルタイプではなくカスタム機能付き追加オプションを選んだから。貯金がごっそり減った通帳を見た時は流石に堪えたけれど。
それでもいい、私はどうしても欲しかったの。
ほら見てこの笑顔…パンフレットで見た通りの穏やかそうな表情。
やっぱり金髪は綺麗だな。眠そうな目元も愛らしいわ。
滑らかに動いて喋る最先端の技術を盛り込めるだけ詰め込んだ人型自動機械は肌質も音声も人そのもの。買って悔いなし。
「……マスター、音声に不備があるかい?聞こえないようならボリュームの調整をするが」
「あっすみません」
優しげな微笑みを深めたMARCOが子供に言い聞かすように言う。思わず身を竦ませて反射で謝罪の言葉が出る。
「そうかい。じゃあとりあえず認証だけ先にやってくれ。手のひらをこっちに」
認証方法は互いの手を合わせ私の指紋と生体反応を覚えさせる事。
五秒くらいの手合わせでバイタルチェックまでできるらしい。
「データ保存完了。胃に少々難ありだねい、あとは睡眠不足と浮腫みが気になるよい」
に、と意地悪そうな笑みを浮かべてMARCOはガサガサと自分の入ってきた段ボールを片付け始める。
「…すみません。紐を持ってくるので少し待ってください」
「俺は家事専門型じゃねえが日常生活データは入っている。あとで部屋の中の間取り内容物及び周辺地図の読み込みをさせてくれ。初期設定が済めば手を煩わす事はねえよい」
まるで人間みたいに動く。
機械っぽいのは話す内容くらいね。
「……マスターの生活パターンは単純だねい。仕事とマンションの往復、たまの休みは買い出しとたまに映画くらいか」
「……あの。マスター以外の呼び名の設定はできますか?」
手をきつく握って恐る恐る尋ねる。聞いたら呆れるくらい高いお金を出して買ったオプション機能は…恋人の振る舞いをしてくれて夜の相手もできる仕様で、購入時に細かい査定までされる。
少し空いた間にすみませんと口をついて出た言葉に、MARCOは目を細めて柔らかく笑った。
「名前で呼ばせてくれるのかい?そりゃ嬉しいねい」
私の名前を呼ぶMARCOの声は酷く甘く耳を揺さぶり、免疫のない私は腰砕けで座り込んだ。
「…っ、ま、待ってください!心の準備が整うまで他の呼び方をお願いします!!」
「はは、しょうがねえ人だねい。気が向いたらいつでも言ってくれ」
「は、はひ…」
身体に腕を回され立ち上がらせてくれる。現時点で私の心臓が異常なくらい動いてない?ときめきの接触過多で私倒れない?
「名前を避けるとなるとその分、呼ぶ時に多少雑になるが。勘弁してくれるかい」
「はい、それはもう!…私はマルコさんって呼ばせてもらっていいでしょうか…」
「俺の呼び方はあんたの好きなようにしてくれ、自分が呼ばれてると解りゃいい」
あんた呼び。なんだか乱暴な響きだ。
私がギクシャクと油の切れた機械のような動きで頷くと優し気な目で見られた。
「……マルコさん。あの、私、あんまり男の人と…、男の人が…その苦手で」
「大丈夫だよい。あんたのペースで過ごせばいい。それに俺は生身じゃねえから練習にはもってこいだよい」
お高いオプションつけて良かった。ノーマルにするか迷ったけど、どうせならと選んだ私を褒めたい。
泣きそうになりながら温かい手に縋って、よろしくお願いしますとお願いした。
「了解。俺はもうあんたのマルコだよい」
「…お、男の人の…ひっく、大きい声とか、乱暴なのが怖くて…うぐ、上手く話せなく、なって、笑われるのも怖くて…ぐすっ…」
「そうだねい。あんたは小さくて可愛いからねい。ゆっくりでいいよい」
…感情が振り切れて泣き出してしまった私の頭をマルコさんが撫でる。私はモビーディック社とその技術者の皆様に脳内で五体投地した。
しゃくり上げる私の背中を宥めるように叩くマルコさんにトドメを刺されながらも、私とマルコさんの生活は始まった。
「おかえり、今日も仕事お疲れさん。ご希望通り今夜はハンバーグだよい」
「…ただいま。あの、今日もありがとうマルコさん」
「おう。ただいまのハグは?」
暮らし始めて解ったのはマルコさんは随分と色気を出し過ぎだって事だ。
そう伝えたら『初々しくて可愛いねい』と額にキスをされてしまった。甘過ぎませんか。
「…た、ただいまです」
「無事に帰ってきてホッとしたよい」
そしてとにかく優しかった。
プログラムだからと解っていても、その優しさと温かさに、澱んでいた気持ちが解けていく。
…仕事関係のお酒の席で酔った男性社員に絡まれる恐怖も。
満員電車で痴漢にあって駅のトイレに座り込んで泣いた日も。
ひたすら少女漫画と恋愛小説を読みまくっていた休みの日も。
「そうだ。応募していた鑑賞券の懸賞に当選したよい」
「え?…これ私の好きなシリーズの新作!」
2DKの広くない住居。
二人がけのソファにくっついて座る幸せな時間。
「ペアチケットだし、週末は俺とデートしてくれるかい?少し遠出してあんたの好きそうな雑貨屋の近くの映画館に行こう」
「…うん。手を繋いで歩いてくれますか?」
恋人オプション機能は付けたけれどマルコさんには飲食機能が付いていない。動力は電気と太陽光、特別なバッテリーは定期交換。
次のボーナスで飲食オプションも買おう。カフェで一緒にお茶したいわ。
「…手も良いが、俺はあんたと腕を組むのも好きだよい」
「え?」
「その方があんたがくっ付いてくれるからねい」
頬を真っ赤にして目を逸らす私の顔をそっと引き寄せる。
「あんまり可愛い顔ばっかりしてると襲っちまいそうになるんだが」
「…っお、襲ってください…!」
「…言質は取ったからねい」
あなたの恐れ
溶かします。
TYPE:MARCO
(明日も仕事だから、徐々に慣らしてからにするよい)
(…なんかもう…これ、恥ずかし過ぎてちょっと待ってください!)
(はは、これからもっと何度もするんだよい)
(…!!……!)
拍手をありがとうございました!
感想などのコメントをいただけると私が悶えます。